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理事長

新理事長就任あいさつ

理事長 高野 明(東京大学)

このたび、法人第2期の理事長に就任いたしました高野です。これから2年間、田附副理事長・事務局長をはじめ役員の先生方とともに、本会の舵取りを担当させていただきます。

本会は、1955年に前身の「学生相談研究会」が設立され、1987年に「日本学生相談学会」という学術団体として再出発し、それから35年が経過した2022年4月に、ようやく法人化を果たしました。現在では、個人会員約1500人、機関会員約300団体が所属する心理学系の学会の中でも比較的規模の大きな学会へと発展しています。これまでの本会の運営にご尽力くださった先輩方のおかげで、時間をかけて、学会としての基盤が固められてきたと言えるでしょう。そのような中で、近年では、学会の運営体制についても変化が生じてきています。今期は、役員の半数が新任の役員となり、今後も、法人化前と比較して早いサイクルで役員が交代していくことが想定されます。そのため、これまで引き継がれてきた学会の基礎を大事にしながら、持続可能な運営体制を整備していくことが急務となっています。そこで、今期の役員会は、高石前理事長のもとで進められた法人化とそれに伴う組織整備の成果を引き継ぎ、学会運営体制の充実・強化に取り組んでまいります。

また、今期の重要なテーマとして、学生相談の活動モデルの整理を掲げたいと考えています。「大学全入時代」に突入し、学生の属性や生活様式がこれまでと比べても格段に多様化し、デジタルネイティブ世代の学生のコミュニケーションのあり方や、学生の生活領域は急速に変化しています。本会では、これまでも、「学生相談機関ガイドライン(2013年)」、「学生の自殺防止のためのガイドライン(2014年)」、「発達障害学生の理解と対応について—学生相談からの提言(2015年)」、「『性別に違和感を持つ学生に、大学はなにができるか』大学における学生の困難と支援の現状(2016年)」、「遠隔相談に関するガイドライン(2020年)」等を公表し、多様な学生の課題への多様な関わり方について、提言を行ってきました。

コロナ禍を経て、学生の多様性対応に関する課題は、さらに複雑さ、深刻さが増してきていると思われます。学校によっては、LGBTQ学生への支援強化が課題になることもあれば、留学生への対応が急務になっていることもあるでしょう。また、学力や目的意識が乏しい学生への支援が重視されることもあれば、複雑な家庭環境や、経済的困窮を抱える学生への支援が課題となることもあるかもしれません。「多様な学生」の内実自体が、学校ごとに多様になってきている中で、それに応じて、学生相談としての関わり方も多様になってきています。社会正義の推進と学生の権利擁護のための働きかけ、問題を抱えた学生のもとにカウンセラーが出ていくアウトリーチ的支援、学生本人とは関わらず関係する教職員や家族との連携が中心となる事例等、個別のカウンセリング的関わりでは対応が難しい例も多く見られるようになってきており、本会としても、学生相談の今日的な支援のあり方についてアップデートし、再提示することが求められていると言えるでしょう。

日本学生相談学会は、学生相談に関わる教職員やカウンセラーの実践と研究を支えるネットワークであり、学生の成長促進と高等教育の発展に貢献するための団体でもあります。会員の皆様および関係する皆様のご協力とご理解をいただきながら、本会の活動がより充実したものとなるよう努めていきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

2023年5月29日

理事長

巣ごもりから飛び立つとき(理事長メッセージ)

理事長メッセージ2023.4.1

巣ごもりから飛び立つとき

理事長 高石恭子(甲南大学)

多くのキャンパスで、今年の春は賑やかな卒業式が執り行われました。周囲を気遣いながらも、マスクを外して仲間と記念撮影し、笑顔でさざめく学生たちの姿を眺めていると、長かったコロナ禍の生活に、ようやく終わりが近づいたことを実感します。

政府は、3月13日からマスクの着用を個人の判断に委ね、5月8日に新型コロナウイルス感染症の扱いを2類から5類に引き下げる方針を決めました。それに伴い、ほとんどの大学でも活動制限が撤廃され、新年度はコロナ前と同様の基準で授業や課外活動が再開される予定となっていることと思います。このメッセージを読んでくださっているみなさまは、どんな気持ちでこの節目を受け止めていらっしゃるでしょうか。

 卒業式から入学式までの短い狭間、今、キャンパスでは着々とコロナ後の様式に向かう準備が進められています。ソーシャルディスタンスを維持するために教室内の机や椅子に貼られていた指示が剥がされ、食堂や事務室からアクリル板が片付けられ、各所に設置されていた体温の測定器や消毒液が姿を消していくさまを目の当たりにして、私が抱くのは単純な喜びや解放感ではなく、もっと複雑な感覚です。それは、こころの病に陥り、つらい症状と闘っていた人が回復して新たな自分に再生していくときに抱くのと似た、寂しさや喪失感の入り交じった感情だと言ってもよいかもしれません。

 個人も社会も、回復して新たなあり方に移行するということは、慣れ親しんだ過去のあり方を手放し、喪失することを同時に含んでいます。マスクを外すという変化への反応に象徴されるように、つらく不本意でも3年間のうちに慣れ親しんだ「コロナ禍の自分」を失う不安や寂しさを覚えるのは自然なことです。私たち学生相談に携わる者は、そんな感情のひだにも感受性を保っておきたいと思います。

 そして、これからの学生相談において、とりわけ意識しておく必要があるのは、長い巣ごもりから飛び立つ若者が広い外界で遭遇するさまざまな危険についてです。新年度の4回生以下は、コロナ禍で入学し、それ以前にはあったキャンパスでの社会の疑似体験(多様な人間関係の構築や、困難に出会ったときの対処方法の学習など)がほとんどできていません。また、新入生は高校3年間をコロナ禍で過ごしてきた世代であり、学生生活に必要な自立の準備が整わない状態で成人としてキャンパスライフに突入します。これらの学生にとって、成長のために必要な困難の経験という範囲を超え、カルトの勧誘に無防備に応じたり、さまざまな犯罪被害に遭ってしまったりするリスクが高まっていることは間違いありません。

人間形成教育を担う学生相談の立場からは、学生が不要な傷つきを負うことのないよう、大学や学生に対してメッセージを積極的に発信する活動が求められているのではないでしょうか。学生相談の専門性は、個別の心理的課題に対応するだけでなく、時代社会の状況を俯瞰しつつ少し先に起きることを見立て、大学環境や学生全体にはたらきかける影響力のなかにあるはずです。大震災のときと同様、コロナ禍の経験は、その力を私たちが鍛える貴重な機会なのだと思います。

 さて、本学会の一般社団法人としての出発をご報告してからちょうど1年が経ちました。法人第1期の役員体制もあと少しで終わりを迎えます。活動の具体的な総括については、4月発行予定の「学生相談ニュース」に掲載しますのでご覧ください。

任意団体の役員第11期から引き続き、この4年間同じメンバーで本学会の運営に努めてまいりましたが、最初に掲げた3つのミッション(1.時代に即応した情報発信力・社会貢献力の強化、2.ニーズに対応した学会活動の内容と実施方法の見直し、3.近未来の本学会にふさわしい組織体制の検討)については、コロナ禍で必要に迫られたことも促進要因となり、おおむね達成できたのではないかと思います。すでに法人化後最初の代議員選挙が終わり、次期役員体制も固まりつつあります。その特徴は、若い世代への交替と、国際的な視野で活動できるメンバーの強化です。

 5月の第41回大会では、在米の講師によるワークショップ(オンライン)や、AUCCCD(Association for University and College Counseling Center Directors)の新旧会長による来賓講演が予定されています。学生相談は、歴史的にはアメリカの高等教育からわが国に導入された活動ですが、これからの時代においては、お互いの文化から学び合える相互交流が発展していくことが望まれます。東京に集い、本学会の新しいステージの始まりに、ぜひみなさまも立ち会っていただけたらと思います。

 この場を借りて私からのメッセージをお届けするのは、今回で最後になります。これまで、みなさまからたくさんの温かい励ましの言葉をいただき、支えていただいてここまでやって来ることができました。役員一同を代表して改めて御礼を申し上げるとともに、今後も本学会の活動へのご支援と積極的なご参加をよろしくお願いいたします。

理事長

風と波を読む(理事長メッセージ)

理事長 高石恭子(甲南大学)

  コロナ禍3年目の秋がやって来ました。夏に訪れた感染拡大の第7波は津々浦々に押し寄せ、家族や同僚、担当学生など、身近な人が感染したり、ご自身が陽性者や濃厚接触者になられた方もいらっしゃることと思います。突然の自宅隔離や相談室閉室を迫られるなど、1年目とはまた異なる危機対応の苦労をされた会員のみなさまには、心よりお見舞いを申し上げます。

  冬には第8波到来の可能性も予告されるなかで、社会は徐々に活動制限を緩和し、多くの大学は、後期からより本格的な対面授業実施の方針を打ち出しています。抑制と開放、疎隔と密、相反するさまざまな欲求の葛藤を抱えながら生きることを余儀なくされる状況は、私たちに持続的な見えない負荷を与え、こころを揺さぶります。キャンパスライフを送る学生もまた、繰り返す波にさらされ、長期的な見通しのもちにくい不安定な環境で社会に巣立つ前の自己形成に取り組んでいることを忘れずにいたいと思います。昨年度から今年度にかけて、多くの学生相談機関でかつてない多忙な状況が生じています。それは、学生一人ひとりの成長に寄り添う学生相談・学生支援の役割の重要性が、今いっそう高まっていることの表れだとも言えるでしょう。

  一方で、そのような役割を担う学生相談・学生支援の組織や人員については、必ずしも十分な体制の整備が実現していない現状があります。本学会として、個々の会員の資質向上を図るだけでなく、会員がその力をより発揮できる環境を実現するため、これからの高等教育において学生相談がどのような専門的意義をもち、どのような体制で臨むのが有効かについて、広く大学や社会に発信していく役割が求められているところです。

  4月1日に一般社団法人として船出した本学会は、その試みの一環として、9月17日に法人設立記念シンポジウム「これからの学生相談と高等教育」を開催いたしました。理事役員一同は2年半ぶりに東京に集うことができ、オンラインでは非会員を含め全国から多くのご参加がありました。討議に参加し、貴重なご意見や感想を寄せてくださった方々に、この場を借りて御礼を申し上げます。

  会員のみなさまに向けたご報告は次号の「学生相談ニュース」にてお届けする予定ですが、先に要点をお伝えすると、冒頭に、国立大学で長く学生相談の実践と研究を行ってきた立場から、学生相談の専門性とは何か、そしてその内容は時代と共にどう変化しているかという大きな問題提起がなされ、次に、私立大学の学生相談機関で取り組まれたコロナ禍での活動と、そこから見出された学生相談の目指すべきあり方が語られ、最後に、国際性の高い大学の学長という立場から、学生支援の視点をもって教職員が高等教育に関わることの意義と自らの実践例が示されました。

  それぞれの登壇者のお話や討議から改めて浮かび上がったのは、私たちは、学生相談・学生支援の現状と未来について、もっと俯瞰し、学内外の人々にわかる言葉にして説明する責務を負っているということです。説得力のある言葉を語るには、実践と研究に基づく客観的な根拠を示すことももちろん必要です。それは一朝一夕に叶わない難題ではありますが、これからの学生相談の発展のために、会員の力を合わせて取り組んでいくべき最重要課題の一つに違いありません。

  コロナ禍3年目の秋の今、学生相談・学生支援を俯瞰したとき、どんなことが見えてきているのでしょうか。最後に、そのいくつかを挙げてみたいと思います。

  まず、コロナ禍の波と関連するテーマです。

  昨年の夏以降、コロナ禍1年目に入学した学生は目立って学生生活の充実感が低く、友人ができず、孤独感も強いことがさまざまな調査結果から明らかになり、「2年生問題」としてメディアに注目されました。今年度の調査(たとえば全国大学生活協同組合連合会「届けよう︕コロナ禍の⼤学⽣活アンケート」2022年7月)では、総体的にコロナ禍の影響は減じているにもかかわらず、コロナ禍1年目の入学生にはやはり、他の学年にはない「後遺症」が見える結果が示されています。入学式もなく、最初の1年はほとんどオンライン授業で友人が作れず、2年目も活動制限があり学生生活が楽しめず、3年目は就職活動の準備が始まるという未曾有の状況は、「3年生問題」として注視する必要があるのではないでしょうか。

  また、学年にかかわらず、長い自粛生活からリアルなキャンパスでの活動へ移行を果たすにあたって、人との距離を測ることの難しさ、思い描いた通りに力を発揮できない苦痛などから、心身の不調を来しやすくなっている状況にも意識を向けておくことが重要です。私たちは、コロナ禍の波がもたらす大学環境の変化が、一人ひとりの学生のこころにどのような反応(内なる波)を生じさせるかを予測し、それに対してどのような予防教育や支援が有効かを示すことができる専門性を有しているはずです。これらの予測の下、すでに学内で率先して教職員への研修活動を行ったり、学生への啓発活動を展開したりしている会員の方々もいらっしゃると思います。他大学の参考になる実践例があれば、学内に留めず、ぜひ広く発信してみてください。

  次は、コロナ禍の波を含み込んだ、さらに上空から俯瞰したときに見えてくる風の動き、すなわち時代社会やわが国の施策の動向と関連するテーマです。

  多くの私立大学で目下の重要課題となっていることの一つに、2021年6月に成立した「改正障害者差別解消法」の施行(成立後3年以内)に向けた学内体制の整備があります。障害のある学生への合理的配慮の提供が法的義務化されるに伴い、私たちは学生相談・学生支援の立場からその対応にあたってどのような貢献ができるか、提言し、学内体制の整備に参画していくことが求められています。なかでも、コロナ禍では当たり前に行われていた自宅や別室からの「遠隔受講」という学びの様態が、コロナ後に合理的配慮としてどこまで認められるのかについては各所で議論が重ねられており、まだ共通理解には至っていません。さまざまな特性や障害により、落ち着いた環境で自分のペースで学ぶことを望む学生に対して、私たちはどのように適切にその権利を擁護できるのか、真剣に学び、理解を深め、指針を作る努力が必要です。

  さらに、本年10月1日付けで施行される大学設置基準(省令)の改正は、1991年の大綱化以来の大きな変革として、私たちも知っておくべき内容が含まれています。主な変更は、①特定の大学・学部等に属する「専任教員」の代わりに、複数大学・学部に属してもよい「基幹教員」を置いて教学改革の推進を図ること、②オンライン授業単位数上限等を緩和する特例制度を創設すること、③「教職協働」を実質化するため、教員組織と事務組織を撤廃して「教育研究実務組織」を設けること、の3点です。

  とりわけ第3点は、学生相談・学生支援のこれからの体制整備にあたって、重要な内容を含んでいます。たとえば前基準では「第9章 事務組織等」の第42条に、「大学は、学生の厚生補導を行うため、専任の職員を置く適当な組織を設けるものとする。」と規定されていた箇所が、改正後の基準では削除され、代わって「第3章 教育研究実施組織等」の第7条3に、「大学は、学生に対し、課外活動、修学、進路選択及び心身の健康に関する指導及び援助等の厚生補導を組織的に行うため、専属の教員又は事務職員等を置く組織を編成するものとする。」と明文化されています。

  「厚生補導」とは本学会の活動の原点にあるSPS(Student Personnel Services)と同義であり、その理念がわが国に導入されてから70年を経て、高等教育における重要な柱として再認識されたことを心強く感じます。移行措置の期間の後、2025年度以降に新設される大学はこの基準によって審査されるだけでなく、既存の大学の認証評価も新基準が反映されることが想定できるわけです。このような上空の風を読みながら、私たちは数年後の大学で何を担えるかを描き、コロナ後もさらに浸透していくであろう「多様性」を包摂する学生相談・学生支援の体制作りに向けて進んでいくことが求められています。改革が追い風になるか、逆風になるか、私たちの進む方向と連関していることは言うまでもありません。

  本学会の主催する活動も、少しずつ参集(対面)での実施を再開しています。オンラインと対面それぞれの良さを活かし、今後も会員のみなさまに役立つ学びの機会を確保し、充実させていきたいと考えています。引き続き、ご理解とご協力を賜りますようよろしくお願いいたします。

参考

*全国大学生活協同組合連合会「届けよう︕コロナ禍の⼤学⽣活アンケート 集計結果報告」

 https://www.univcoop.or.jp/covid19/survey/pdf/pdf_report2208.pdf

*ベネッセ教育総合研究所「第4回 大学生の学習・生活実態調査報告書」

 https://berd.benesse.jp/up_images/research/4_daigaku_chousa_all.pdf

*文部科学省 令和4年度大学設置基準等の改正について

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/index_00001.htm

理事長

日本学生相談学会の、新たな船出 「一般社団法人日本学生相談学会」設立のご報告(理事長メッセージ)

新年と共に訪れた新型コロナウイルス感染症拡大の第6波は、後期試験を終えた学生の春休みに多くの活動制限をもたらし、また感染者数がこれまでの波とは桁違いに増え、教職員が隔離を余儀なくされる事態があちこちで起きました。さらに、海外の厳しい戦禍の報道もあり、関係国から留学生を迎えている大学等では、とりわけご不安の募る日々を経験されていることと思います。なかなか先の見通せない状況ですが、そのような中で、真摯に学生相談・学生支援に携わってくださっている会員のみなさまに、深く敬意を表します。
さて、これまで設立準備の経過をお伝えしてきましたとおり、本学会は2022年1月24日に公証人による定款の認証を経て、2022年4月1日をもって「一般社団法人日本学生相談学会」として活動を開始したことをここにご報告させていただきます。本学会の、新たな船出です。広い海原へ、進むべき方位をしっかりと見定めながら、みなさまと共に漕ぎ出していきたいと存じます。
前身の「学生相談研究会」(1955年設立)から数えて67年、日本学生相談学会(1987年設立)となって35年という歴史をもつ本学会の3月末時点での会員数は、正会員(個人会員)1,471名、機関会員294団体、賛助会員1団体となっています。本学会の特色は、高等教育機関に勤務し、何らかの形で学生の相談に携わっていることを入会条件としており、専門領域も職種も多様な会員によって構成されているところにあります。相談実践に基づいた研究を行い、その知見を高等教育現場に還元するための研修を行い、会員の学生相談・学生支援に関わる資質向上を目指すことを活動の中心に据えています。職場の異動等による入退会者が常にある学会ですが、全体では徐々に会員数は増えており、法人化後も発展拡大していくことが見込まれています。
任意団体としての本学会は2022年5月8日の総会をもって解散し、その後財産移管の手続きが進められる予定です。それまでは2つの団体が併存する形になりますが、会員の方々には何も特別に行っていただくことはありません。法人化に伴う最も大きな変更は、学会運営に関する会員の権利のあり方です。これまでは、正会員が3年ごとの選挙により理事・監事を選出し、理事が理事長と常任理事を選んで、それらの役員が学会の実際的な運営を行っていました。本学会は法人化にあたって代議員制を採りましたので、今後は正会員が 2年ごとの選挙で代議員(法人団体の「社員」)を選出し、代議員が理事長、副理事長、理事、監事を選んで、それらの役員が学会運営を行います。また、副理事長が事務局長に就任し、監事は会計監査だけでなく、理事会に出席して理事の職務の執行全体を監査する役割を担います。なお、法人化後の運営をスムーズに行うため、本年度末までは任意団体の第11期の役員が引き続き務めることになっています。
法人化後第1期(一般社団法人設立時)の役員は、以下の14名です。
理事:高石恭子、高野 明、斉藤美香、杉江 征、寺島吉彦、安住伸子、奥野 光、鈴木健一、大島啓利、水戸部賀津子、岩田淳子、設樂友崇
監事:窪内節子、福留留美
代表理事:高石恭子、高野 明(以上、敬称略)
学会が法人となることの最大の意義は、社会的な信用を高め、組織として社会に発信し、貢献することがより可能になる点にあります。学生の多様化に加え、長期化するコロナ禍によって、学生への心理的なケアや教育、ならびに成長支援の重要性がさらに高まった今日、日本学生相談学会が高等教育や社会に向けて果たすべき使命は、ますます大きなものになっていると言えるでしょう。「一般社団法人日本学生相談学会」として、私たちは、今までよりさらに「社会に対して何が貢献できるか」を考えていく必要があります。目の前の学生一人ひとりの声に全力で耳を傾け、一人の援助者としてこちらから語りかけることと、時代社会の波の音に耳を澄まし、一人の実践者・研究者として社会に向けて何かを伝えようとすることとは、決して相反する営みではありません。両方の視点を行き来しながら現象を複眼的に理解することによって、新たに見えてくる世界があるはずです。そのような挑戦の道筋を、これからもみなさまと共に手繰っていきたいと考えています。今年度は、多くの大学等で対面授業が本格的に再開されます。とはいえ、感染症防止対策が取られた中での制限あるキャンパスライフが続くことに変わりはありません。2020年春に本学会役員によって立ち上げられた「学生相談における遠隔相談導入に関する検討チーム」は、2021年度から「コロナ禍の学生相談検討チーム」として活動していますが、法人化後もしばらく継続し、その時々に必要な発信を試みていく予定です。もっと広く会員に伝えたい、あるいは社会に知ってもらいたいコロナ禍での学生相談の取り組みがあれば、ぜひ情報をお寄せ下さい。
末尾になりますが、これまで本学会の活動にご理解とご協力をくださっている文部科学省、独立行政法人日本学生支援機構、ならびに各高等教育機関と関連学術団体のみなさまに改めて感謝を申し上げます。コロナ禍により、参集して船出のご挨拶をすることは叶いませんが、今後も変わらずご支援を賜りますようお願い申し上げます。

理事長

こころの「密」を取り戻すための長い道のりに向けて(理事長メッセージ)

こころの「密」を取り戻すための長い道のりに向けて

理事長 高石恭子(甲南大学)

 さわやかな秋の風がキャンパスを通り抜ける季節が訪れ、多くの大学で後期の授業が始まりました。コロナ禍の前には、学生による大学祭などの準備が本格化し、放課後もキャンパスに活気があふれていた時期です。
 しかしながら、今年度も春の第4波、夏の第5波と、感染拡大のうねりは繰り返し各地域を襲い、そのたびに大学の活動方針も変化して私たちは対応に追われました。9月末で19都道府県に発令されていた緊急事態宣言は解除されましたが、いったん波は去ってもまたすぐ戻ってくるだろうと専門家は予想しています。若い世代へのワクチン接種の機会提供も予定通りに進まず、とりわけ首都圏や都市部の大学では、遠隔授業を継続しながら慎重に対面再開を模索する方針が取られているようです。今度こそ毎日友達と会える、と楽しみに待っていた学生たちのため息が聞こえてきそうです。
 コロナ禍の1年目、学生も私たちも「収束後」を待つという意識を、多かれ少なかれ抱いていたのではないでしょうか。もう少し待てば、もう少し我慢して頑張れば、元通りに近いキャンパスライフが可能になると信じようとしたのです。しかし、現在の2年生は、すでに学生時代の大半がコロナ禍の影響下のまま終わることが見えてきています。あるはずのキャンパスライフが失われたまま、社会に巣立っていかなくてはならないという近未来の現実です。学生相談・学生支援に携わる私たちも、もうそろそろ「待つ」ことを止め、今、この瞬間にできることを全力で果たすという意識に転換すべき時に来ているのではないでしょうか。

 「本来あるはずだったキャンパスライフの喪失」は、大規模自然災害に匹敵する影響を長期にわたって学生のこころに与え続けること、そしてその喪失に対するこころの反応は一定のプロセスをたどり、状況によっては無力感やうつ状態が長く続いて深刻化しうるということを、昨年からいろいろな場でお伝えしてきました。さらに、コロナ禍という災害がもたらす喪失については、2001年のニューヨークでのテロ災害や2011年のわが国での東日本大震災(津波と原発事故)の後に注目された「あいまいな喪失」という概念が、理解を助けてくれる可能性にも触れてきました。
あいまいな喪失ambiguous lossとは、アメリカの家族療法家ポーリン・ボスがベトナム戦争で行方不明になった兵士の家族や、認知症になった人の家族と向き合うなかで生まれた概念です。自分にとって重要な対象(物理的であれ心理的であれ)が消えたのは確かだけれど、何がいつ決定的に失われたのかはっきりしないまま、解決することもなく、終わることもない喪失を意味し、それゆえ、未来に向けて回復の過程を歩むこともいっそう難しい特徴をもつと考えられています。
ボスの理論や実践の詳細は成書に譲りますが、コロナ禍で私たちが晒されているのは、まさにあいまいな喪失体験の連続だと言えるのではないでしょうか。あったはずの語らい、触れ合い、悩みや迷い、夢を育むこと、実現に向けた試行錯誤、達成感や悔しさ。それら多くの可能性が日々刻々と失われていっているのです。そのストレスと傷つきを学生たちがどう受け止め、乗り越えていくかは未知の挑戦です。学生相談・学生支援に携わる私たちは、失われたものの回復に力を注ぐことはもちろんですが、それと同時に、回復しえないものを共に悼み、学生たちがあいまいなままの喪失を抱えて社会へ巣立っていくこころの過程に寄り添い支える役割が求められているのだと思います。

 学生のこころのケア、とくに現在の2年生の望まない孤独(友人ができないこと)への対応が急務であることは、多くの調査結果やメディアの報道にあるとおりです*。これは、感染対策をして、対面授業を再開すれば解決するという次元の問題ではありません。学生時代は、多くのみなさんの記憶にもあるとおり、学業だけでなく課外活動や趣味、アルバイトなどを通して同世代の仲間と密接に関わり、夜通し語り合い、生涯の財産となる友人関係を構築するときです。また、教員の人間性に触れ、将来を左右するような師弟関係が生まれるときでもあります。それらは、言語以前の原初的な(限りなく距離がゼロになる)コミュニケーションの次元が深くかかわってこそ、可能になることではないでしょうか。
コロナ禍の学生たちにとって今最も必要なのは、そのようなかけがえのない経験を可能にする、こころの「密」を取り戻すことだと私は思います。常にマスクをつけ、Social Distancingを求められる生活のなかで、学生たちはたとえ相手が親しい友人であっても、距離を近づけることへの葛藤や、罪悪感を抱えるようになっています。「一緒に居たい」と誘うことはおろか、誘われることを恐れてSNSに自分の所在を呟くことさえためらう学生もいるほどです。万一自分が感染源になってコミュニティから排除されたらどうしようという恐怖や、配慮のない人間だと見られるのではないかという不安は、学生期の親密な人間関係の構築にとって、大きな障壁となっているのです。
 このような状況が何年も続けば、当然、社会への巣立ちに向けた学生のアイデンティティ形成に深刻な影響を与えることは容易に想像できるでしょう。もちろん、感染リスクを無視して物理的な「密」を許容するわけにはいきません。しかしながら、画面越しであっても、マスク越しであっても、私たちは学生たちが抱く罪悪感をやわらげ、人と深くかかわりたいと思う当たり前の欲求を肯定し、その希望を叶えるためのさまざまなしくみと環境を作ることはできるはずです。
たとえば授業をもつ教員なら、いつもよりこころを込めて自分の人生を語り、窓口の職員なら対応のルーティーンを拡張して目の前の学生個人にもっと関心を寄せ、カウンセラーなら身についた傾聴姿勢に甘んじることなく、自分が今何を受け止め、何を学生に伝えたいのか、ことばや身振りで能動的に表すいっそうの努力をするといったことはすぐ可能でしょう。そういった意識や取り組みが伴ってこそ、物理的な「対面」機会の増加が学生の成長につながるのだということを、丁寧に心に留めておきたいと思います。

 そうはいっても、感染リスクの回避(安全の確保)と、こころの「密」の実現(人間的成長を促すこと)は、二律背反の難しい問題に違いありません。これからの学生相談・学生支援において、私たちはこの難問にどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
 たとえば、アメリカの大学では秋学期の開始に備えて、各大学の学生相談機関での活動指針や利用のルール作りがすでに行われています。また、その判断において参照できるよう、ACHA(アメリカ大学保健協会)がCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の勧告に基づきキャンパス全面再開のためのチェックリストを作成しています**。保険制度などがわが国と異なる条件の下でのリストなので、そのまま適用することはできませんが、参考になる示唆はたくさんあります。第一に、今後も学生相談は遠隔と対面のハイブリッドモデルでの提供が推奨されること、第二に、コロナ禍の複雑でトラウマティックなストレスは、今だけでなく将来の世代の大学生にも及び、精神衛生上の問題を抱える学生の割合が増え、レジリエントなアイデンティティの形成に悪影響を与える可能性があることです。
 わが国でもそれは同様です。私たちは、それらの予測される問題に対して取り組まねばならない長い道のりの途上にいるということです。学生相談機関が、また学生支援に携わる教職員が、短期的そして長期的に何を果たしうるか、会員のみなさんと一緒に考え続けていきたいと思います。引き続き、本学会活動へのご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

 

参考
*文部科学省高等教育局・総合教育政策局「新型コロナウイルス感染症に係る影響を受けた学生等の学生生活に関する調査等の結果について」

*朝日新聞×河合塾 共同調査 特集「ひらく 日本の大学」2020年度調査結果報告

*関連記事

*全国大学生活協同組合連合会 「届けよう! コロナ禍の大学生活アンケート集計結果報告」

**ACHA(American College Health Association)Checklist for Considerations Related to Full Reopening Campus Mental Health Service Operations (revised July 15, 2021)

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理事長

コロナ禍、2年目の春に (理事長メッセージ)

コロナ禍、2年目の春に (理事長メッセージ)

理事長 高石恭子(甲南大学)

 キャンパスに、再び春がめぐってきました。昨春とは異なり、舞い散る桜の木の下には、マスクをした学生たちが三々五々語らう姿が見られます。新2年生と新入生の合同入学式を執り行う大学もあります。地域の感染状況によって、まだ学生が登学できない場合もあるかもしれませんが、入学式とそれに続く歓迎行事は、まさに「大学生として生まれる」ための大切なイニシエーションです。子どもがこの世に生まれてきたとき、家族や周囲の人々が祝福するように、大学生もまた「わがキャンパスへようこそ」「今日から○○大学生だね」と歓迎のシャワーを浴びることによって、これまでとは違う、学生になった自分というアイデンティティを築き始めるのだということを、私たちは忘れずにいたいと思います。
 この一年間、学生たちは、「あるはずのキャンパスライフ」を喪失し続けてきました。その問題の重要性に途中で気づいた政府やそれぞれの高等教育機関は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止策をとりつつ、できるだけ学生がキャンパスに来て対面授業を受けられるよう工夫を重ねてきています。しかしながら、感染防止策の徹底とはすなわち、キャンパスにおける偶然の出会いや多様な生の経験をできるだけ排除するということでもあります。ソーシャル・ディスタンスを確保した対面授業の受講だけでは、学生時代にこそ得られる豊かな人間形成のための濃密な時間を埋め合わせることは決してできないでしょう。
 そのような状況下で、私たち学生相談に携わる者にできることは何でしょうか。また、気づいておく必要があるのは、どんなことでしょうか。

 本学会では、昨年3月に「学生相談における遠隔相談導入に関する検討チーム」を発足させ、コロナ禍の下でも途切れずに学生相談活動を行うことを目指して、インターネットを用いた新たな遠隔相談の方法について紹介し、また遠隔から対面相談を再開するときの留意点についても広く情報発信してきました。それらは、会員のみなさまに一定の指針として役立てていただけたのではないかと思います。
必要に迫られてという側面はあったにせよ、1年が過ぎるうちに、私たちの多くは、遠隔相談を一つの選択肢として日常的に実施し、遠隔で授業や会議を行い、遠隔で研究発表をしたり研修を受けたりするようになりました。体験してみて、それらの利点や限界も理解されるようになっています。感染拡大第4波の到来が予見される今春ですが、かりに教職員や学生が再び入構禁止になり学生相談機関が閉室されても、昨年のようにあわてず、私たちはさまざまな方法で学生相談を提供できます。おそらく、この1年で築いた新しい学生相談様式は、コロナ禍の収束後も消えることなく引き継がれていくでしょう。
 その新しい様式を前提として、コロナ禍2年目を迎えた高等教育の場に学生相談が貢献できることは何かを見据えていくために、前述した本学会の遠隔相談導入検討チームのメンバーは「コロナ禍の学生相談検討チーム」として活動を継続することになりました。遠隔相談に限らず、各学生相談機関での独創的な取り組みや参考になる実践を紹介し、それらを通して今後の学生相談活動に向けたヒントを示していけたらと考えています。

 さまざまな機会にお伝えしていることですが、学生相談は個別教育の一環であり、すべての学生のこころの成長を支え、社会への主体的な巣立ちを目指す営みです。こころの成長のステップは一段ずつ踏んで進んでいく必要があり、途中のプロセスをスキップすることはできません。今、そしてこれから、私たち学生相談に携わる者に求められているのは、コロナ禍で失われ続けるキャンパスライフ(あるはずが、ないもの)により自覚的になり、その喪失からのこころの復興のために、力を尽くすことではないでしょうか。
 長く続くコロナ禍によって社会の不安は増大しており、残念ながら、大学生や若者に対して厳しいまなざしが向けられる状況が続いています。また、学生が巣立つ先の社会の受け皿はコロナ禍の前と大きく変容しており、将来をうまく描けなくなっている学生も少なくありません。多くの大学の相談機関で、後期に入ってからの利用件数の増加(例年より多い傾向)が報告されています。コロナ禍前と比べて、昨秋から若者と女性の自殺率が上昇しているという心配なデータもあります。私たちは、相談に訪れる学生だけでなく、援助を求めてこない、孤立してしまった学生ともつながる努力を続けなくてはならないのです。その方法については、本学会が2014年に作成した「学生の自殺防止のためのガイドライン」*に示されているとおりです。
 人のこころは、危機状況に長く耐えられるようにはできていません。昨年は無我夢中で乗り切ったとしても、コロナ禍2年目は、学生も教職員も張り詰めていた緊張の糸が切れ、支えを必要とするリスクが高まります。学生相談の真価が問われる時期は、これからだと言えるでしょう。援助をする側の私たちも、燃え尽きてしまわないよう、今までよりいっそう仲間との交流を絶やさず、支え合う必要があります。広報誌の「学生相談ニュース」でも紹介してきたように、全国の各地域にはさまざまなネットワーク(地区の学生相談研究会)が形成されています。自分の体験を分かち合う仲間がいないと感じたら、ぜひそれらに参加してみて下さい。

 最後に、最終年度を迎える今期の執行体制(第11期常任理事会)の活動状況をご報告しておきます。
この1年、すべての会合は遠隔で実施され、一度もキャンパスに入れなかった学生同様の忍耐や寂しさも経験しましたが、それぞれの委員会の積極的な活動により、ほぼ計画通りに事業を進めることができました。2022年4月の法人設立を目指して準備が進んでおり、今年度の早い時期に会員管理のオンライン化を行うほか、機関誌「学生相談研究」のオンライン査読システムの導入、「学生相談ニュース」の電子化(紙媒体の廃止)などが予定されています。また、3年に1度の「全国学生相談機関調査」も完全ウェブ実施で行われます。移行に際しては、会員のみなさまにいろいろご不便やお手数をかけることになるかもしれませんが、より盤石な学会運営体制を構築していくために、ご理解とご協力をいただけましたら幸いです。

*https://www.gakuseisodan.com/wp-content/uploads/public/Guideline-20140425.pdf
日本学生相談学会 2014 学生の自殺防止のためのガイドライン 

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理事長

学生とともに、未来へ(理事長からのメッセージ)


学生とともに、未来へ(理事長からのメッセージ)

理事長 高石恭子(甲南大学)

  コロナ禍の続く中、多くの大学で後期授業が始まりました。会員のみなさまはそれぞれ、新年度の始まりには想像もつかなかった地点に今自分が立っていることを、感じていらっしゃるのではないでしょうか。
  私自身も、無我夢中で歩み続けたこの半年あまりでした。LMS(Learning Management System)を用いて授業のデジタルコンテンツを配備し、画面上で学生のレポートを読み、やり取りをすること。ウェブ会議システム(Zoom、Teamsなど)を用いて遠隔相談やミーティングを行うこと。同様にセミナーや研修会に参加すること。それらがいつの間にか普通のことになり、Wi-Fiがありインターネットにさえつながれば、世界中どこにいても、空の上(機内)からでも、お互いの顔を見ながら同時双方向のコミュニケーションができるのだということに目を拓かれました。
 このようなウェブツールを使うことは、自動車を運転するのと似ているのではないかと思います。もともと得意不得意があるでしょうし、次々と開発される新しいサービスを急いで使いこなすためには、免許取り立ての技能で路上に出て練習するしかありません。当然、ヒヤッとする事態も起こります。しかし、私たちが失敗を恐れて守りの姿勢でいるばかりでは、今を、そしてこれからの未来を生きる学生たちの役に立つことはできないでしょう。
  前期の数ヶ月、LMSを介した個別のやり取りのなかで、「深夜にすみません。課題ができたので受け取っていただけますか?」「先生方もたいへんなのに、学生のことを気づかってくださっているのがわかって嬉しいです」といったメッセージが学生から添えられることがたびたびありました。夜、一人でPCやスマートフォンに向かっている(会ったことのない)学生の姿を想像し、少し温かい気持ちになって返信しながら、これもまた私たちにできる貴重な一つの「つながり」のあり方なのだと実感した次第です。

 文部科学省が9月15日に発出した「大学等における本年度後期等の授業の実施と新型コロナウイルス感染症の感染防止対策について(周知)」においては、大学における豊かな人間性の涵養のためには、直接の対面交流が重要であることの再確認と、感染防止対策を取った上で対面授業を実施する工夫の要請がなされています。この「周知」に至った背景には、前期中に実施されたさまざまな調査から、長期の自粛生活と慣れない遠隔授業のストレスにより、無視できない割合の学生が心身の不調を経験し、また修学への意欲を失っている(休退学を考えている)という結果が示されたこともあるでしょう。なかにはセンセーショナルにメディアが取り上げたものもあり、私たちは慎重にその数値を読み解く姿勢をもつ必要がありますが、文部科学省の方針や調査報道を受けて、高等教育機関は目下、それぞれの事情に応じた「対面と遠隔のハイブリッド型授業」の構築に取り組んでいます。正課外の活動も、多くの大学で新たなルールの下、対面実施に移行しているところです。
  後期開始にあたって、学生たちは前期より複雑で多岐にわたる選択肢のなかで、主体的に自らの学生生活を組み立てるという課題が与えられることになりました。しかも、いったん作り上げても感染症の状況に応じていつ修正を迫られるかもしれないという事情は、当分続くでしょう。とりわけ、これから半年遅れでキャンパスライフがやっと始まっていく新入生にとっては、このような要請は過重な負担となることが十分想定されます。また、見通しのもちにくい中での進路選択や就職活動に不安を募らせる高学年生も少なくないでしょう。
  前述の文科省の周知文書に書かれた留意事項の中にも、これらの学生への相談対応に万全を期し、「カウンセラーや医師等の専門家とも連携してきめ細かく」対応することが要請されています。また、より相談しやすい体制構築のために、SNS、ウェブ会議システムやメールを活用した例が挙げられています。学生相談もハイブリッド方式で行われることが標準になる時代がすぐそこに来ていると考えられるでしょう。
  本学会では、3月から活動してきた「学生相談における遠隔相談導入に関する検討チーム」と今期の特別委員会が中心となって「遠隔相談に関するガイドライン」を策定し、公開しました。ぜひお読みいただき、ご意見やご提案をお寄せください。そこでは、遠隔相談は対面相談の代替手段ではなく、多様な学生相談の方法の一つとして位置づけられています。今後も、テクノロジーの発達とともに活用が可能になる新たなサービスやツールに対して、私たちは学生とともに学ぶ姿勢をもち、学生の心の成長のためにいかに役立てられるかを真摯に考えていきたいと思います。
 なお、前期は遠隔相談のみを行い、後期に対面相談を再開するにあたって情報が必要であるという方は、本ウェブサイトや会員向けメールニュース、学生相談ニュースなどでみなさまにお届けした【新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応について】第5報「『緊急事態宣言』解除後の大学において安全に学生相談を行うために」(5月27日公開)をご参照いただければと思います。最小限必要な知識と実践のための準備については、ここに網羅されています。それぞれの大学等の方針に合わせて、柔軟に活用していただけたら幸いです。 
  非常勤の立場で、また常勤であっても一人職場のような環境で、この困難な状況に立ち向かわれている会員のみなさまにとっては、相談活動にあたって平常以上に不安やご苦労の多い状況が続いているかもしれません。これまでのメッセージにも書かせていただいたように、コロナ禍でストレスに晒されているのは学生も私たちも同じです。私たちが安心と安全を感じられない環境では適切に学生を支えることはできないでしょう。困ったときには仲間と支え合い、自分自身を労わることもどうか忘れないでください。

 さて、このような取り組みに注力するうちに、気づくと現執行体制(第11期常任理事会)の任期も半ばを迎えました。ここで、前半期のご報告をさせていただこうと思います。
 理事長から就任時のごあいさつでみなさまに公約したのは、1)学術情報等の電子化の推進、2)年次大会や研修会の内容と開催方法の見直し、3)本学会の組織体制そのものの検討、の3点でした。いずれも、コロナ禍への対応により加速した部分と、遅延している部分とがあります。
  1)については、会員のみなさまへのサービスに滞りのないよう、情報発信や各種活動の電子化・オンライン化をまず重点的に進めてきました。コロナ禍により、会員への情報発信の電子化は急速に進んだと思います。会員管理システムの導入や、ジャーナル編集のオンライン化の導入などが、これからの課題です。2)については、想定以上の見直しを迫られることになり、目下も対応中です。5月の年次大会、8月の夏のセミナーをオンラインで開催したことに続き、11月の全国学生相談研修会も全面オンライン実施が決まっています。今期にどこまでたどり着けるかはわかりませんが、今後の開催については、ハイブリッド化、そしてハイフレックス化(対面と遠隔の同時実施)が現実味を帯びた検討の俎上に上がってきています。3)については、コロナ禍の影響で少し遅れましたが、本学会の「法人」化の具体的検討が2022年4月の設立を目指して進んでいるところです。法人化については、会員のみなさますべてに深く関わる課題として丁寧なご説明が必要であると考えています。準備が整いましたら、その機会を設けていきたいと思っています。
  本学会が発展し、その意義を認められていくうえで、以上のいずれもが重要至急の課題であると認識しています。学生とともに、未来へ向かって確かな歩みを進めるために、会員のみなさまの知恵と経験を結集することが今までに増して重要です。引き続き、ご協力を賜りますようお願いいたします。

参考:「大学等における本年度後期等の授業の実施と新型コロナウイルス感染症の感染防止対策について(周知)」

 

 

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理事長

今こそ、個へのまなざしを(理事長からのメッセージ)

 理事長 高石恭子(甲南大学)

 卒業、入学、入社・・・人生の重要なセレモニーが今年は通常通り行われないまま、新年度が始まりました。握手したり、肩を抱き合ったり、桜や新緑の下でお喋りを楽しんだりといった、いつもなら当たり前の別れと出会いの風景もなく、若い人々の記憶には「失われた春」として、生涯刻まれるに違いありません。

 新型コロナウイルス感染症は、1月16日に初の国内感染者が確認されてからまだ3ヶ月ほどしか経っていませんが、今では世界中のほとんどの国で猛威を振るい、人々の生命を脅かしています。肉眼では見えない「敵」に対し、私たちは自粛し、自制し、総力を挙げて戦うよう駆り立てられています。

 見えない敵(異物)がある集団・社会に侵入してきたとき、気をつけなければならないのは、必ずそこに「排除の論理」が力をもつようになるということです。

     今年開催されるはずだった東京五輪・パラリンピックの大会理念の一つは、「多様性と調和」でした。教育においても、「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩する」という、多様性(ダイバーシティ)の実現が目指されている21世紀の今日です。しかし、今回のような感染症問題が発生すると、魔女の呪いとされた中世とほとんど変わらないデマが飛び交い、欧米でアジア人が殴打されたり、日本でも電車内でマスクを着用しない人が暴言を吐かれたりする事態が生じるのは、残念で仕方ありません。オリンピックの理念は、カウントダウンパネルと一緒に片付けられてしまったのでしょうか。不安が高まると、異質なものや少数のものを集団から排除して自分を守ろうとする衝動を抑えるのは、人間にとってかくも難しいことだと言えます。

 

 このような今こそ、学生相談に携わる私たちは、「個へのまなざし」を忘れないようにしたいと思います。本学会を含め、心理学関連諸団体からは、遠隔相談の導入や、隔離された人への心のケアについて、日々新しい情報が発信されています。各高等教育機関においても、文科省の指針に沿って、遠隔授業の導入実施に向けた準備が急スピードで進められています。この流れについていかないといけないと、焦りや不安を覚えているみなさんも少なくないでしょう。しかし、そのような急流に呑み込まれないようにしていただきたいのです。

 今、私の所属する大学で学生たちの声に耳を傾けていると、25年前の阪神・淡路大震災での経験と重なる部分が多いことを感じます。非日常の状態が発生し、持続すると、それまで自分を支えていた軸(社会から与えられる物差し、あるいは参照枠)が失われ、新たな軸を用いて自分を支えることが必要になるため、同じ自然災害であっても、学生によって心の反応は全く違った様相をとるということです。たとえば、限られた私の体験から思い出すなかでも、生きる意味を見失って何年も引きこもっていた学生が体を張って家族や避難所の人々のために働き、感謝されることをきっかけに心を蘇らせて卒業を果たしていったり、充実した学生生活を送っていた学生が、何も失わなかったことが罪悪感(サバイバーズ・ギルト)になり、何ヶ月もたってからうつ状態に陥ったりという、想定外のことがいくつもありました。

 今回も、部活動に生きがいを感じていた学生や、周到な準備をして長期留学の出発が間近だった学生の喪失感は、測りきれないものがあります。一方、対面授業や学生同士のグループワークが苦手で欠席がちになっていた学習意欲のある学生にとっては、「登校しないことが標準」の学生生活は、希望の光が差すものに感じられていることでしょう。また、「家にいてください(Stay Home/Stay at Home)」という政府のメッセージは、家族関係でつらい思いを抱えている学生にとっては、単なる自粛ストレスを超えて、心の傷をえぐられるものとなっているかもしれません。さらに、自分や家族が感染してしまったことで、自責の念に苦しんだり、差別的な扱いを受けて怒りを抱えている学生もいるでしょう。

 学生相談に携わる私たち、とりわけカウンセラーは、このような非常事態において見過ごされがちな少数の、また一人ひとりの学生の心に何が起きているかにまなざしを向け、寄り添うことが大切です。また、一人ひとりから発せられる声を聴き取り、理解し、大学や社会に伝えていくことが必要です。

 危機対応は、学生相談に携わる者の重要な任務の一つです。常に「最悪の事態」を想像して万全の準備を行いつつ、できるだけ「平常の心」で一人ひとりの学生とつながることを試みてください。それができるためには、まず私たちが安心と安全を確保していなければなりません。とくに感染者の多い地域で、非常勤などの立場で学生相談に携わっておられる方々にとっては、自分に何ができるのか不安や戸惑いを感じる局面も少なくないでしょう。相談や支援の新たな選択肢を増やすことは、もちろん良いことに違いありません。ただ、決して自分の不安に蓋をして無理に頑張ろうとせず、ときには大学や組織から求められる何かを「しない」判断をする勇気も、もっておいてほしいと思います。

    多くの自然災害と同様、今回の感染症拡大においても、個人が受けた心の傷つきの影響は年単位でその人の将来に影響を与え続けるでしょう。それは学生だけでなく、カウンセラーや教職員も同様です。目に見えない奥深い不安は、戦って一掃することはできないという意味で、ウイルスより手強い存在かもしれません。どうぞ、みなさんの経験を記録し、信頼できる仲間と共有し、まずは自分自身の平常の心を確認して下さい。本学会もみなさんと共に、新型コロナの時代の学生の生活と巣立ちをどのように支援できるか、考えていきたいと思います。

 

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理事長

新理事長就任あいさつ

理事長 高野 明(東京大学)

このたび、法人第2期の理事長に就任いたしました高野です。これから2年間、田附副理事長・事務局長をはじめ役員の先生方とともに、本会の舵取りを担当させていただきます。

本会は、1955年に前身の「学生相談研究会」が設立され、1987年に「日本学生相談学会」という学術団体として再出発し、それから35年が経過した2022年4月に、ようやく法人化を果たしました。現在では、個人会員約1500人、機関会員約300団体が所属する心理学系の学会の中でも比較的規模の大きな学会へと発展しています。これまでの本会の運営にご尽力くださった先輩方のおかげで、時間をかけて、学会としての基盤が固められてきたと言えるでしょう。そのような中で、近年では、学会の運営体制についても変化が生じてきています。今期は、役員の半数が新任の役員となり、今後も、法人化前と比較して早いサイクルで役員が交代していくことが想定されます。そのため、これまで引き継がれてきた学会の基礎を大事にしながら、持続可能な運営体制を整備していくことが急務となっています。そこで、今期の役員会は、高石前理事長のもとで進められた法人化とそれに伴う組織整備の成果を引き継ぎ、学会運営体制の充実・強化に取り組んでまいります。

また、今期の重要なテーマとして、学生相談の活動モデルの整理を掲げたいと考えています。「大学全入時代」に突入し、学生の属性や生活様式がこれまでと比べても格段に多様化し、デジタルネイティブ世代の学生のコミュニケーションのあり方や、学生の生活領域は急速に変化しています。本会では、これまでも、「学生相談機関ガイドライン(2013年)」、「学生の自殺防止のためのガイドライン(2014年)」、「発達障害学生の理解と対応について—学生相談からの提言(2015年)」、「『性別に違和感を持つ学生に、大学はなにができるか』大学における学生の困難と支援の現状(2016年)」、「遠隔相談に関するガイドライン(2020年)」等を公表し、多様な学生の課題への多様な関わり方について、提言を行ってきました。

コロナ禍を経て、学生の多様性対応に関する課題は、さらに複雑さ、深刻さが増してきていると思われます。学校によっては、LGBTQ学生への支援強化が課題になることもあれば、留学生への対応が急務になっていることもあるでしょう。また、学力や目的意識が乏しい学生への支援が重視されることもあれば、複雑な家庭環境や、経済的困窮を抱える学生への支援が課題となることもあるかもしれません。「多様な学生」の内実自体が、学校ごとに多様になってきている中で、それに応じて、学生相談としての関わり方も多様になってきています。社会正義の推進と学生の権利擁護のための働きかけ、問題を抱えた学生のもとにカウンセラーが出ていくアウトリーチ的支援、学生本人とは関わらず関係する教職員や家族との連携が中心となる事例等、個別のカウンセリング的関わりでは対応が難しい例も多く見られるようになってきており、本会としても、学生相談の今日的な支援のあり方についてアップデートし、再提示することが求められていると言えるでしょう。

日本学生相談学会は、学生相談に関わる教職員やカウンセラーの実践と研究を支えるネットワークであり、学生の成長促進と高等教育の発展に貢献するための団体でもあります。会員の皆様および関係する皆様のご協力とご理解をいただきながら、本会の活動がより充実したものとなるよう努めていきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

 

2023年5月29日

 

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理事長

学生相談とライフサイクル

~世代交代と世代融合を視野に歩む~




日本学生相談学会理事長 齋藤 憲司




 さほど寒くはならないという長期予報があった気がするのですが、しっかり冷え込みが続く年越しとなりました。新しい年を迎えて、学生相談・学生支援に携わる皆様はいかがお過ごしでしょうか。個人としても組織としても、1つ次のステージに進んでいければと願っています。ともに歩んでまいりましょう。本年もどうぞよろしくお願いいたします。




 さて、「高めよう!学生相談力×学生支援力」という共通テーマを掲げて活動を展開してきた今期役員一同ですが、その任期も残り4ヶ月半となりました。もちろんこの期間にもさまざまな企画・行事が計画されておりますし、理事長フラッグツアーでも各所をめぐるべく調整を進めているのですが、それでもある種の感慨を抱きながら新年の有り様を展望しています。




 学生相談の1つの原点として「学生期とはどういう時期であるか」を繰り返し問いながら、私たちは望ましい支援のあり方について検討を続けていきます(*註1)。よく言われるように「青年期は時代を映す鏡」という側面がありますから、学生像も徐々に変容し、それに連れて学生相談•学生支援に求められるものも変わってくるでしょう。現場に生きるプロフェッショナルとして、専門領域の発展を期す実践者•研究者として、継続的な研鑽が求められる由縁でもあります。我が国に学生相談が導入されて60数年、ひとに例えれば「還暦」を過ぎて完成の域に近づいていることになりますが、若い世代と向かい合うその特性とも相まって、どこか「青年期」の気風を残している領域にも感じます。自身の歩みとも重ねれば、20代後半から学生相談に従事してはや30年超、今年還暦を迎える身としては、「青年期」に片足を残したままにエリクソン,E.H.がvirtue(徳目)で示すところの「中年期」の 「care(世話)」と「老年期」の「wisdom(叡智)」を併せ持った存在として、若い人たちを支え、指針を示していける自分でありたいと願い続けてきたところと共通しているようにも思います(*註2)。その一因としてはJohn Denver氏の詩にしばしば「wisdom」という言葉が使われていたことも影響していそうですが、それのみならず青年期の頃から自分にはどこか上の世代の役割をも意識しながら日々を過ごす傾向があったのかもしれません。この仕事を担う者は、若手もベテランも、こころのどこかで世代融合を内面的に推し進めながら職務をこなす特性を有しているのかもしれないなと思ったりもしています。学生を見守る温かいまなざしと相談面接や見立てのエッセンスを併せ持った専門家である我々の集う場所には、常に「青年期」心性が基底通音のように奏でられ、そこに各個人のキャリアを構築していくイメージでしょうか。




 さて、個人と組織の関係性を考察する際に、しばしばスポーツ、とりわけサッカーの現況を援用することが習い性になって久しいですが、間もなく始まるAFCアジアカップ・カタール大会を前に、三銃士と称される若き俊英たちの活躍を思い浮かべてはわくわくしています。新たに監督の任に就いた森保
一氏がしばしば言及されるように、新チームでは「世代交代」と「世代融合」が大きなテーマとして取り上げられています。チームスポーツの世界では“同じ実力なら若い方の選手を使え!”という原則がありますが、その所以は若手は一気に伸びる可能性を秘めており、(決してラッキーボーイに留まらずに)勝負を決する働きを果たしうることが第一義にあり、加えて、チームを継続的に強化していくためには、前の世代の経験とスピリッツを体感して同世代・次世代に伝達していく担い手としても機能することが期待されるから、と言って良いかと思います。しかるに、昨年のFIFAワールドカップ2018において予想を覆す快進撃を見せた日本代表は、結成直後はくたびれたおじさんによる伸び代のない集団と揶揄されていたことを思い出します。それゆえ、当時も、そして現在では若手が躍動し始めたインパクトゆえに、「三銃士を始めとする若手をロシアに連れていけばもっと良いチームになったのでは?」という声が時折聞かれるようです。この選手セレクトとマネジメントについては、西野
朗監督(当時)が“前回のブラジル大会における悔しさと雪辱を期す選手たちに賭けたのだ”という旨の発言をしておられますが(*註3)、まさにその通りに事前の評価を覆して
、“すでに終わっている”とさえ囁かれた選手たちがどの試合でも最上級の良質なプレーを見せてくれました。彼らには決勝トーナメントをさらに駆け上っていって欲しかったですが、最終的に熱戦の末にこれ以上はないというくらいに悔しい負け方をしたベルギー戦を区切りとして残してくれたがゆえに、サッカー界全体として新しいスタートを切りやすくなったようにも感じています。言うならば、「世代交代」を進めて刷新された現在の代表チームの目を見張る溌剌プレーの数々は、1つ前の世代が「Japan Way」を譲らず目指すべきサッカーをアグレッシブに体現しようとした、その「やりきった感」が準備したものなのだと強調したい気がしています。




 少しむりやりな重ね方に思われるかもしれませんが、残り4ヶ月半で任期を終える現執行部も同じような思いで数々の業務に励んできたような気がします。様々な巡り合わせから常任理事会では同世代あるいはかなり年齢の近いメンバーが過半数を占めるだけに、徐々に現任校でのキャリアの区切り方も気にしつつ、次の世代にいかに大切なものを引き継いでいくかを意識しながら様々な企画や行事に臨んできました。私たちの「やりきった感」が、「学生相談力×学生支援力」のスピリッツとなって中堅・若手の方々に受け継がれることを願い、新たな海原に向けて帆を上げて進んでいってくださることを期待しています。新時代の息吹きがきっとすぐそこに来ていることを信じたいと思います。(*註4)




 そして、次期執行部への引き継ぎが行われる本年5月の第37回大会を大妻女子大学にて開催して頂けることにもとても大きな意味を感じています。大妻女子大学の皆様によるご実践が学生相談領域において大きなインパクトを提示してこられたことに加え、今回の大会では今までにない形態で企画•運営が進んでいることは今後に向けて大きな示唆を与えてくれるものと思います。なかなか開催校が決まらなかった中で、学生相談に強い思いを保持しつつ、心理臨床の教育•研究に従事しておられる先生がたが開催の中枢をお引き受けくださり、常任理事会から委託を受けた大会経験豊かなメンバーが準備委員会に加わる形で、第37回大会の概要を形作っています。同校のカウンセラーの方々にも参画頂き、さらに学会事務局が多様な業務の合間を塗って大会事務をも担ってくれることとなり、パイロットスタディ的な大会運営が進行しつつあります。それはW杯を控えた「オールジャパン」的な取り組みとも言えそうですが、一方ではお忙しさが尋常ではない少数の方々にさらに労務をお願いせざるをえない苦しい状況でもあります。ご尽力くださっている準備委員会および事務局の皆様に深く感謝の意を表しつつ、今回の経験をぜひとも今後に向けた礎として活かしていければと願っています。




 さあ、新学期、今日も明日も、学生たちが相談室のドアをノックすることでしょう。あるいはさまざまなセミナーやグループ活動への参加を思案していることでしょう。




 学生たちの歩む「ライフサイクル」を支えるために、私たち個々の、そして学生相談という領域の「ライフサイクル」を重ね合わせながら、より良い活動・実践と研修・研究を組み立てていきたいと思います。




なにより、心身の健康に気をつけて、日々を過ごしてまいりましょう。そして第37回大会の会場にて、笑顔でお目にかかれますよう願っています。私たちの「care」と「wisdom」、そのエッセンスを共鳴させていければと思っています。                 




(平成31年1月6日:新学期の始まりを前に。)




<文
献> 




Erikson,E.H. 1982 “A Life Cycle Completed : A
Review”. W.W.Norton & Company Inc, New York.




村瀬孝雄・近藤邦夫(訳)1989 『ライフサイクル、その完結』 みすず書房




西平 直 1997 『魂のライフサイクル -ユング・ウイルバー・シュタイナー-』 東京大学出版会




<付
記>




(*註1)このあたりのイメージは、第55回全国学生相談研修会(昨年12月)において特別講演をお願いした西平 直先生の示唆深いご講演内容と引き続きの昼食時の談笑に喚起されたところが大きい。西平先生が共通の知人である編集者の方のメッセージをお伝えくださったところから、執筆•校正の苦労とともに本の題名をどう付けるかという話に至った際に、「『魂のライフサイクル』というタイトルを目にした時には“やられたーっ!”て思いましたよ」という当方の羨望を交えて交流させて頂いている。




(*註2)学生相談の初心時代と重なるのだが、大学院のゼミにおいて、臨床の手ほどきを授けてくださった先生がたがエリクソンの著作を訳出する現場に立ち会わせて頂いた際に、「ケアー」と「ウイズダム」というその言葉の響きに強く魅かれていたことを思い出す。感情移入が過ぎるかもしれないが、おふたりの先生それぞれが年代的にもキャリア的にもまさに「care」と「wisdom」を体現していらしたように感じていた。




(*註3)『激白!西野 朗×岡田武史〜サムライブルーの未来〜』(NHK-BS1:2019年1月2日放送)にて、現役時代はむしろ口下手な印象のあった両氏が笑顔でサッカーにおける個と組織の関係について明瞭に語っておられたことが印象的であった。悲観論が優勢であったW杯前でも、岡田氏が「西野さんなら大丈夫。彼しかいないし、きっとやってくれる」と言い切っておられたことと併せ、強い信頼感が基盤にあることにも思いを致していた。




(*註4)間もなく実施される「第11期役員選挙」では必ずや投票をお願いいたします。そして、特に中堅・若手の方は当事者意識を強く持って臨んでほしいと願っています。ちなみに、齋藤は理事長2期6年を務め、これ以上の再任は会則上できませんし、その前の事務局長2期6年(理事長代行2回)と合わせれば12年ですから、新しい風が吹き込んでくる時期の到来は必然となっています。

理事長

アクション・カウンセリングのすすめ

~agility(機敏さ)とintensity(強度):2018W杯サッカーから~

日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

この夏は尋常ではない暑さと豪雨が繰り返されました。学生相談・学生支援に携わる皆様はお変わりありませんでしょうか。後学期に向けてこころの準備を始めている学生たちを見守りながら、静かにご自身のカウンセリングを点検し、望ましい援助活動について思いを馳せておられる頃でしょうか(*註1)。

さて、初夏の風が吹き渡る横浜の地で学生相談のエッセンスを共有した第36回大会の日々から早くも3ヶ月以上の時が過ぎました。関東学院大学の皆さまの、 read more »

お知らせ 理事長

「理事長と語る会 in 京都」開催のお知らせ

フラッグツアー「理事長と語る会」が、2018年10月20日(土)京都で開催されることになりました。高等教育機関の教職員であればどなたでもご参加いただけます。

詳しくはこちらをご覧下さい。開催要項

理事長

学生相談:「枠」を守ること/「殻」を破ること

   〜デンバーの青い空:ヨコハマの碧い海〜

日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

2018年の幕が上がりました。学生相談・学生支援に従事されている皆さまはどのような新年をお迎えでしょうか。つい、サッカーW杯の年だ!と考えてしまう自分を諌めつつ、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今冬はひときわ寒波が強く、いわゆる西高東低の気圧配置の中で関東では青空が広がっています。毎朝、テレビの天気予報を眺めては「今日も寒そうだなあ‥」と重ね着の枚数を検討することになるのですが、同時に全国各地の空模様に触れて、我が国の多様な風土にも思いを致しています。ある意味では、天気予報は「自国の国土」をそこはかとなく意識させるものでもあるのだなと感じます。

昨秋に学会行事の一環としてアメリカ出張に出かけた際に、 read more »

お知らせ 理事長 研修会

「理事長と語る会」を開催します

「高めよう!学生相談力×学生支援力」フラッグツアー「理事長と語る会」を、1DAYセミナー 2017(福岡)開催後に開催します。

日時:2017年9月23日(土・祝)17:30~19:30

学生相談を取り巻く厳しい現実と今後について、それに伴う学会の課題について、広く学生支援に携わるかたがたに理事長の声をお届けし、意見交換を行いたいと考えています。学生支援のあり方や学会の活動などについて、関心のある方、齋藤理事長とじっくり語り合えるこの機会に振るってご参加ください。

詳しくはこちらをご覧ください。

 

理事長

学生相談:「こころ」を守る「ちから」を持とう

〜各キャンパスで展開する「代書屋物語」〜

日本学生相談学会理事長 齋藤 憲司

 2017年も半ば近く、各地で雨の季節を迎えようとしています。植物を育て、夏の大地を潤し、人々が干上がらないために、ほどよく降水してくれることを願いながら、カバンに傘を潜ませて日常を過ごしています。

さて、緑まぶしい五月晴れの中部大学キャンパスで、大いに学び、励まされた第35回大会、私たちは何を持ち帰って今年後半を生き抜いていくでしょうか。 read more »

理事長

「学生相談のメンタリィティ」を求めて

   ~ 今こそ「学生相談×学生支援」の旗を振ろう! ~

日本学生相談学会理事長  齋藤 憲司

2017年が幕を開けました。全国各地で学生相談に従事する皆さま、どのような新年をお迎えでしょうか。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

洋の東西を問わず、去る年を惜しみつつ、来る年に願いを込める、そんな各地の風景に時々不思議な気持ちになることがあります。地球の自転は絶え間なく、365日とわずかなプラスαの時間を持って太陽の周りを巡り続ける、その始点を便宜的に定めることで、私たちはたくさんの物語を紡いできました。 read more »

理事長

学生相談のJapan Way(理事長メッセージ)

「学生相談のJapan Way」
〜高めよう!学生相談力×学生支援力:第10期の出立に寄せて〜

日本学生相談学会理事長 齋藤 憲司

2016年初夏、青春をイメージさせる吉祥寺と若者文化の発信地である秋葉原で開催された第34回大会を経て、本学会の新しい体制がスタートいたしました。再度の理事長に選定されてしまった戸惑いを越えて、第10期役員選挙によって選出された常任理事および理事の皆さんとともに、学生と大学等を支える学生相談の充実に向けて微力を尽くしていく所存ですので、どうぞよろしくご支援のほどお願いいたします。

さて、前期(第9期)では「喫緊の諸課題に関する実践的ガイドライン」の作成に取り組んできた訳ですが、今期はより read more »

理事長

青春のきらめき、ふぞろいだからこそ(理事長メッセージ)

青春のきらめき、ふぞろいだからこそ
〜2016年、学生相談が支える「君たちの旅」〜
日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

学生相談ならびに高等教育に関わるみなさま、謹んで新春のごあいさつを申し上げます。
各キャンパスで学ぶ学生たちが充実した日々を送れますよう、そして教職員にとっても良き1年にしていけますよう、ごいっしょに進んでまいりましょう。本年もどうぞよろしくおねがいいたします。

さて、今回は「新春」ということばに惹かれて、少々気恥ずかしいタイトルを掲げてしまいました。吉田拓郎氏のデビューアルバムが『青春の詩』と銘打った作品であったことは昨春に記したとおりですが、思い起こせば、私たちの世代は(50代とその前後ですね)、「青春」的フレーズ read more »

理事長

学生相談の「型」をつくるために(理事長メッセージ)

学生相談の「型」をつくるために
〜「個」と「組織」の「連働」から〜
日本学生相談学会理事長:齋藤 憲司

広島の晴れ渡った空を見上げながら、学生たちのために日々ご尽力なさっている皆さまと過ごした第33回大会も盛況裏に終わり、3日間の成果を各地で活かしておられる頃かと存じます。開催にあたって最大限のご配慮を頂いた広島修道大学ならびに広島地区の関係者の皆さまに深く感謝の意を表しつつ、今期の役員一同、任期の最終年度を良いかたちで締めくくるために、学生相談をめぐる動向を見渡しながら諸活動を展開してまいります。キャンパスの碑に刻まれた「今日までそして明日から」(吉田拓郎氏)の想い、しっかりと確認いたしました。
(なお、今大会の主テーマを反映したシンポジウム「高等教育における学生相談•支援の位置づけーこれまで、ここからー」は、現在の大学等 read more »

理事長

学生相談、2015年の新しい海へ(理事長メッセージ)

学生相談、2015年の新しい海へ
〜日々刻む、今日までそして明日から〜
日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

学生相談ならびに高等教育に関わるみなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
時の流れは一定のはずなのですが、この時期はなにか特別な緩急があるような気がします。1年という区切りを設けることで過去と未来を見渡すものさしを作り直し、気持ちをリセットできる効用もあるのかなと思います。本年もまた、全国の各校•各キャンパスで学び育っていこうとする若者たちの姿に励まされながら、私たち教職員も常にフレッシュな存在でありたいものだと願っています。
さて、多くの大学等で教育や経営に係る改革が進行し、どなたもがルーティン•ワークに留まっていられない状況が続いているのではない read more »

理事長

ワールドカップ2014に見る学生相談(理事長メッセージ)

ワールドカップ2014に見る学生相談  〜「柔軟な信念」と「公約数の最大化」を指針として〜

日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

そろそろ前期も締めくくりに入る時期、学生相談にかかわるみなさま、お元気でお過ごしでしょうか。5月に神奈川大学で開催していただいた第32回大会•総会も充実した内容で幕を閉じ、第9期執行部も順調に2年目の業務に取りかかっています。準備委員会の先生方にこころより感謝申し上げますとともに、ご協力•ご参加くださったみなさまとともに大会の成功を喜びたいと思います。
本来でしたら、大会終了後すぐに、理事長あいさつを本Webに掲載するつもりだったのですが、ご存じのように今年の6月〜7月はワールドカップ一色に、その感動と興奮と失意にまぎれて、予定が予定どおりにこなせなくなっておりました。思い起こせば、2年目最初の常任理事 read more »

理事長

学生相談の2014年 (理事長メッセージ)

学生相談の2014年
〜「ちゃんぷる」から「ハートカクテル」への旅路〜

日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

学生相談にかかわるみなさま、どのような新年をお迎えでいらっしゃいますでしょうか。講義も再開され、そして入試の準備も始まって、今年はどんな出会いがあるだろうか、学生たちのために何ができるだろうか、等々、あれこれ思いをめぐらせておられることと存じます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年5月の琉球大学における第31回大会において発足した常任理事会/理事会/9つの委員会は、その任に就かれた諸先生がたのアイデアとご尽力で着実に、かつ新たな色彩を加えて、歩みを進めております。本学会は、5月の年次大会と11月の全国学生相談研修会とい read more »

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新理事長からのごあいさつ

齋藤憲司新理事長からのごあいさつを掲載しました。