学生相談とライフサイクル

~世代交代と世代融合を視野に歩む~




日本学生相談学会理事長 齋藤 憲司




 さほど寒くはならないという長期予報があった気がするのですが、しっかり冷え込みが続く年越しとなりました。新しい年を迎えて、学生相談・学生支援に携わる皆様はいかがお過ごしでしょうか。個人としても組織としても、1つ次のステージに進んでいければと願っています。ともに歩んでまいりましょう。本年もどうぞよろしくお願いいたします。




 さて、「高めよう!学生相談力×学生支援力」という共通テーマを掲げて活動を展開してきた今期役員一同ですが、その任期も残り4ヶ月半となりました。もちろんこの期間にもさまざまな企画・行事が計画されておりますし、理事長フラッグツアーでも各所をめぐるべく調整を進めているのですが、それでもある種の感慨を抱きながら新年の有り様を展望しています。




 学生相談の1つの原点として「学生期とはどういう時期であるか」を繰り返し問いながら、私たちは望ましい支援のあり方について検討を続けていきます(*註1)。よく言われるように「青年期は時代を映す鏡」という側面がありますから、学生像も徐々に変容し、それに連れて学生相談•学生支援に求められるものも変わってくるでしょう。現場に生きるプロフェッショナルとして、専門領域の発展を期す実践者•研究者として、継続的な研鑽が求められる由縁でもあります。我が国に学生相談が導入されて60数年、ひとに例えれば「還暦」を過ぎて完成の域に近づいていることになりますが、若い世代と向かい合うその特性とも相まって、どこか「青年期」の気風を残している領域にも感じます。自身の歩みとも重ねれば、20代後半から学生相談に従事してはや30年超、今年還暦を迎える身としては、「青年期」に片足を残したままにエリクソン,E.H.がvirtue(徳目)で示すところの「中年期」の 「care(世話)」と「老年期」の「wisdom(叡智)」を併せ持った存在として、若い人たちを支え、指針を示していける自分でありたいと願い続けてきたところと共通しているようにも思います(*註2)。その一因としてはJohn Denver氏の詩にしばしば「wisdom」という言葉が使われていたことも影響していそうですが、それのみならず青年期の頃から自分にはどこか上の世代の役割をも意識しながら日々を過ごす傾向があったのかもしれません。この仕事を担う者は、若手もベテランも、こころのどこかで世代融合を内面的に推し進めながら職務をこなす特性を有しているのかもしれないなと思ったりもしています。学生を見守る温かいまなざしと相談面接や見立てのエッセンスを併せ持った専門家である我々の集う場所には、常に「青年期」心性が基底通音のように奏でられ、そこに各個人のキャリアを構築していくイメージでしょうか。




 さて、個人と組織の関係性を考察する際に、しばしばスポーツ、とりわけサッカーの現況を援用することが習い性になって久しいですが、間もなく始まるAFCアジアカップ・カタール大会を前に、三銃士と称される若き俊英たちの活躍を思い浮かべてはわくわくしています。新たに監督の任に就いた森保
一氏がしばしば言及されるように、新チームでは「世代交代」と「世代融合」が大きなテーマとして取り上げられています。チームスポーツの世界では“同じ実力なら若い方の選手を使え!”という原則がありますが、その所以は若手は一気に伸びる可能性を秘めており、(決してラッキーボーイに留まらずに)勝負を決する働きを果たしうることが第一義にあり、加えて、チームを継続的に強化していくためには、前の世代の経験とスピリッツを体感して同世代・次世代に伝達していく担い手としても機能することが期待されるから、と言って良いかと思います。しかるに、昨年のFIFAワールドカップ2018において予想を覆す快進撃を見せた日本代表は、結成直後はくたびれたおじさんによる伸び代のない集団と揶揄されていたことを思い出します。それゆえ、当時も、そして現在では若手が躍動し始めたインパクトゆえに、「三銃士を始めとする若手をロシアに連れていけばもっと良いチームになったのでは?」という声が時折聞かれるようです。この選手セレクトとマネジメントについては、西野
朗監督(当時)が“前回のブラジル大会における悔しさと雪辱を期す選手たちに賭けたのだ”という旨の発言をしておられますが(*註3)、まさにその通りに事前の評価を覆して
、“すでに終わっている”とさえ囁かれた選手たちがどの試合でも最上級の良質なプレーを見せてくれました。彼らには決勝トーナメントをさらに駆け上っていって欲しかったですが、最終的に熱戦の末にこれ以上はないというくらいに悔しい負け方をしたベルギー戦を区切りとして残してくれたがゆえに、サッカー界全体として新しいスタートを切りやすくなったようにも感じています。言うならば、「世代交代」を進めて刷新された現在の代表チームの目を見張る溌剌プレーの数々は、1つ前の世代が「Japan Way」を譲らず目指すべきサッカーをアグレッシブに体現しようとした、その「やりきった感」が準備したものなのだと強調したい気がしています。




 少しむりやりな重ね方に思われるかもしれませんが、残り4ヶ月半で任期を終える現執行部も同じような思いで数々の業務に励んできたような気がします。様々な巡り合わせから常任理事会では同世代あるいはかなり年齢の近いメンバーが過半数を占めるだけに、徐々に現任校でのキャリアの区切り方も気にしつつ、次の世代にいかに大切なものを引き継いでいくかを意識しながら様々な企画や行事に臨んできました。私たちの「やりきった感」が、「学生相談力×学生支援力」のスピリッツとなって中堅・若手の方々に受け継がれることを願い、新たな海原に向けて帆を上げて進んでいってくださることを期待しています。新時代の息吹きがきっとすぐそこに来ていることを信じたいと思います。(*註4)




 そして、次期執行部への引き継ぎが行われる本年5月の第37回大会を大妻女子大学にて開催して頂けることにもとても大きな意味を感じています。大妻女子大学の皆様によるご実践が学生相談領域において大きなインパクトを提示してこられたことに加え、今回の大会では今までにない形態で企画•運営が進んでいることは今後に向けて大きな示唆を与えてくれるものと思います。なかなか開催校が決まらなかった中で、学生相談に強い思いを保持しつつ、心理臨床の教育•研究に従事しておられる先生がたが開催の中枢をお引き受けくださり、常任理事会から委託を受けた大会経験豊かなメンバーが準備委員会に加わる形で、第37回大会の概要を形作っています。同校のカウンセラーの方々にも参画頂き、さらに学会事務局が多様な業務の合間を塗って大会事務をも担ってくれることとなり、パイロットスタディ的な大会運営が進行しつつあります。それはW杯を控えた「オールジャパン」的な取り組みとも言えそうですが、一方ではお忙しさが尋常ではない少数の方々にさらに労務をお願いせざるをえない苦しい状況でもあります。ご尽力くださっている準備委員会および事務局の皆様に深く感謝の意を表しつつ、今回の経験をぜひとも今後に向けた礎として活かしていければと願っています。




 さあ、新学期、今日も明日も、学生たちが相談室のドアをノックすることでしょう。あるいはさまざまなセミナーやグループ活動への参加を思案していることでしょう。




 学生たちの歩む「ライフサイクル」を支えるために、私たち個々の、そして学生相談という領域の「ライフサイクル」を重ね合わせながら、より良い活動・実践と研修・研究を組み立てていきたいと思います。




なにより、心身の健康に気をつけて、日々を過ごしてまいりましょう。そして第37回大会の会場にて、笑顔でお目にかかれますよう願っています。私たちの「care」と「wisdom」、そのエッセンスを共鳴させていければと思っています。                 




(平成31年1月6日:新学期の始まりを前に。)




<文
献> 




Erikson,E.H. 1982 “A Life Cycle Completed : A
Review”. W.W.Norton & Company Inc, New York.




村瀬孝雄・近藤邦夫(訳)1989 『ライフサイクル、その完結』 みすず書房




西平 直 1997 『魂のライフサイクル -ユング・ウイルバー・シュタイナー-』 東京大学出版会




<付
記>




(*註1)このあたりのイメージは、第55回全国学生相談研修会(昨年12月)において特別講演をお願いした西平 直先生の示唆深いご講演内容と引き続きの昼食時の談笑に喚起されたところが大きい。西平先生が共通の知人である編集者の方のメッセージをお伝えくださったところから、執筆•校正の苦労とともに本の題名をどう付けるかという話に至った際に、「『魂のライフサイクル』というタイトルを目にした時には“やられたーっ!”て思いましたよ」という当方の羨望を交えて交流させて頂いている。




(*註2)学生相談の初心時代と重なるのだが、大学院のゼミにおいて、臨床の手ほどきを授けてくださった先生がたがエリクソンの著作を訳出する現場に立ち会わせて頂いた際に、「ケアー」と「ウイズダム」というその言葉の響きに強く魅かれていたことを思い出す。感情移入が過ぎるかもしれないが、おふたりの先生それぞれが年代的にもキャリア的にもまさに「care」と「wisdom」を体現していらしたように感じていた。




(*註3)『激白!西野 朗×岡田武史〜サムライブルーの未来〜』(NHK-BS1:2019年1月2日放送)にて、現役時代はむしろ口下手な印象のあった両氏が笑顔でサッカーにおける個と組織の関係について明瞭に語っておられたことが印象的であった。悲観論が優勢であったW杯前でも、岡田氏が「西野さんなら大丈夫。彼しかいないし、きっとやってくれる」と言い切っておられたことと併せ、強い信頼感が基盤にあることにも思いを致していた。




(*註4)間もなく実施される「第11期役員選挙」では必ずや投票をお願いいたします。そして、特に中堅・若手の方は当事者意識を強く持って臨んでほしいと願っています。ちなみに、齋藤は理事長2期6年を務め、これ以上の再任は会則上できませんし、その前の事務局長2期6年(理事長代行2回)と合わせれば12年ですから、新しい風が吹き込んでくる時期の到来は必然となっています。

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