アクション・カウンセリングのすすめ

~agility(機敏さ)とintensity(強度):2018W杯サッカーから~

日本学生相談学会理事長 齋藤憲司

この夏は尋常ではない暑さと豪雨が繰り返されました。学生相談・学生支援に携わる皆様はお変わりありませんでしょうか。後学期に向けてこころの準備を始めている学生たちを見守りながら、静かにご自身のカウンセリングを点検し、望ましい援助活動について思いを馳せておられる頃でしょうか(*註1)。

さて、初夏の風が吹き渡る横浜の地で学生相談のエッセンスを共有した第36回大会の日々から早くも3ヶ月以上の時が過ぎました。関東学院大学の皆さまの、教員・職員・カウンセラーが三位一体となった素晴らしい協働体制に感銘を受けた3日間だったことを思い出します。本来なら、大会・総会にてお約束した年度計画をもとに、現執行部の任期ラスト1年を見渡して、「来年5月には“やり切った感”を持って退任できるよう、役員一同ますますスパートをかけます!」と勢いあるメッセージをお届けすべきところ、すっかり筆不精になってしまっておりました。“そろそろネタが尽きたかな?ああ、そうか!”とおそらく容易にご推察のことと思いますが、6月半ばから1ヶ月に渡って開催されたFIFAワールドカップ・ロシア2018(以下:W杯)にすっかり夢中になっておりました。事前予想をはるかに超えた日本代表の素晴らしい戦いぶりとともに、参加32ヶ国のサッカー文化が凝縮されたプレーに圧倒されて、勝手に学生相談と人間理解に通じる鍵概念とその実践方法について思いを致しておりました。

日本代表について言えば、大会まで2ヶ月しかないところでの監督交代という極めて異例の決断に、多くの国民がますます期待薄に感じてしまった現状がありましたが、個人的にはこの交代劇には全面的に賛成の思いでおりました。もちろん時期があまりに遅すぎたこと・そもそもこのような事態を招いた責任の所在やいかに、という課題は今後とも検証していく必要があるのですが、ハリルホジッチ前監督の指揮するチームを見る度に「このサッカーでは、日本の将来になんにも残らない‥」という感想を抱くのみで、どの選手も持ち味を封印されたかのごとく萎縮したプレーに終始している状況に嘆息していたからでした(*註2)。前監督の志向するサッカーは、相手を徹底的に分析してその特徴を強固なデュエル(1対1の対決)で潰した上で数少ない逆襲から勝機を得ようとする、いわゆる「リアクション・サッカー」と称されるもので、それはそれでサッカーの戦術において重要な位置付けを占めているのですが、W杯に初出場を果たした頃から20年をかけて日本代表がようやく表現し始めていた“日本サッカーの日本化”(元監督:イビチャ・オシム氏)を顧みない方向性には疑問を感じていました。せめてテストマッチで並み居る相手を打ち破ってFIFAランキングを一気に上げてくれるならともかく、わざわざ弱点であるフィジカル・コンタクトで勝負しては返り討ちに遭うことの繰り返しに、「チームとしての積み上げがまるでないのなら、直前に監督を替えても一緒だな‥」という思いを抱いていた次第でした。

ここで踏まえておかなくてはならないことは、日本代表の監督にはどのような資質と理念が求められるのかという本質的な議論が放置されたままに、前任者に足りなかった部分(のみ)を反作用のように埋め合わせることに終始した選任プロセスが繰り返されてきた事実だろうと思います。もう一代前のザッケローニ監督時代に目の覚めるような攻撃的サッカーで好成績を収めていたのにいざW杯本番になると惨敗してしまったその衝撃があまりに大きかったこともあるでしょうが、途端に全てが否定されて極端な「リアクション・サッカー」に方向転換してしまうという基本理念の揺らぎがツケとなって現出したように思います。このあたりは、昨今の大学教育や心理臨床の一時的な動向に影響を受けざるをえない学生相談・学生支援の現状にも通じるところがあるかもしれません。「カウンセリングは時間がかかり過ぎる」「守秘義務をタテにして連携に積極的ではない」「カウンセラーの雇用は大学経営に見合わない」といった誤った思い込みから、相談業務と支援体制にとって最も重要な資質と機能が容易にひっくり返されかねない状況に危惧を覚えることがあります。「学生の育ちと学びを見守り、ニーズと状態像に応じて最も適切な応対を提供する」学生相談は、「学生と教職員の心情と尊厳を守るために、情報の保持と共有に最大限の配慮を行う」ことを旨としつつ、「学生の留年や退学を減少させ、事件等への適切な対応によって大学等の評価下落を防ぐとともに、大学教育に人間性の涵養という膨らみをもたらせる」ことの意義を静かに主張してその地位を確立してきました。一方で、高等教育や支援活動にかかる評価基準が十分に確立されていない現状では、効率と経済性に重点を置いて短期かつ表面的にカウントする潮流が我が国のあらゆる側面に流れ込んでいっているのではという危機感を抱くことがあります。少なくとも、2014年のW杯における敗北は、「自分たちのサッカー」への固執ゆえではなく、大会に向けたコンディショニングや本番時のメンタル上の諸問題に起因しており、何よりも試合状況に応じて自分たちのサッカーを最適化していくアクティブな姿勢の欠如が最大の要因であったと考えるべきではないかと思っています。これは推測になりますが、当時の監督や選手が「自分たちのサッカー」という言葉にこだわったのは、ザッケローニ監督のイタリア時代の代名詞であった「3−4—3」システム(ポジション配置:順にDF-MF-FW)の習得が最後まで出来なかったために、日本代表が結果を残していた「4−2−3−1」に賭けざるをえなかったことが影響しているように思えてなりません。

さて、私たちが従事する「学生相談・学生支援」は、「学生が来談して初めて援助が始まる」「学生が心情を言語化できてようやく援助方針が定まる」という、「リアクション」そのものの営みではないかという誹りを受けることがあるかもしれません。しかるに、近年の「援助要請行動」等の一連の研究や、種々の「グループ活動・心理教育活動」の工夫を見れば明らかなように、大きな枠組みの中でもアクティブに働きかけを行っていくことで活動が成立していくものですし、1回ごとの面接の中で学生の(あるいは教職員やご家族の)言葉や態度・姿勢に応じつつ、適応支援と教育目標に沿った最も適切な問いかけやフィードバックを繰り出していく営みは、優れて「アクション・サッカー」に通じるものがあるだろうと考えています。今回のW杯の最大の成果は、日本人選手の長所としてしばしば諸外国コーチから指摘される「アジリティ(agility:機敏さ、敏捷性)」をもとに歴代の代表が作り上げてきた「パスサッカー」を実践しつつ、同時に、その長所を臆することなく表現しようとする心理的な「強さ」と長所を表現するために一定以上必須となる身体的な「強さ」、さらには状況に応じて別の選択肢へとスライドできる判断と知性の「強さ」を統合的に表現し続けたからこそなのだ、という気がします。我が国ではまだあまり普遍的ではない用語ですが、サッカー先進国ではしばしば「インテンシティ(intensity:強度)」という言葉で包括される何かを、今回の日本代表がおそらく我が国で初めて表現してくれたことにあるだろうと考えています。このことを可能にした西野 朗監督のマネジメントには大いに敬意を表したいと思いますし、ここに至るまでの大きな紆余曲折の歴史もまた今回の成果の重要な糧になっていることにも気づきます。

これになぞらえれば、「学生相談」の歩む道は、カウンセリングの最大の特性である「丁寧なコミュニケーション」を揺るぎないものとしつつ(細やかに言葉をセレクトし対応を可変させていく有り様は「アジリティ」そのものであると言って良いでしょう)、目前のクライエントの抱える困難な状況に怯むことなく向かい合い、都合の良いコンビニエンスな解決策が見当たらない状況の中でも萎縮しない「強さ」を持ちたいと思います。さらには、コミュニティの状況を見定めながら各層との「連携・協働」に歩みを進め、適宜の提案や提言を大学組織に打ち出していく、そんな姿も含み込んで、私たちなりの「インテンシティ」を表現していく必要があるのだと思います。

今回のW杯で、私たちは、細やかさと力強さが相まった見事な得点シーンを幾つも見ることができました。初戦のコロンビア戦で序盤に一気に仕掛けた大迫選手の強引な突破はまさに「インテンシティ」そのものでしたし、その後の日本代表の戦いぶりを象徴していました。そしてベルギー戦での香川選手の細かいステップによるボールキープと、これに続く乾選手の糸を引くような見事なミドルシュートは「アジリティ」と「インテンシティ」の融合の理念型のようにさえ思われました。

さらには、ボーランド戦での残り10分におけるブーイング覚悟の決死の球回しときたら‥。

さて、だんだんマニアックな記述になりそうですので、そろそろまとめに入らなくてはいけませんね。我が国のサッカー界にも大きな影響を残し、イングランドの名門チーム:アーセナルの監督を20年以上に渡って務め先頃退任されたフランス人指導者:アーセン・ベンゲル氏の有名な言葉に「パスは未来へ出せ!(Pass should be future, not past, not present.)」というものがあります(*註3)。要は弱気になってのバックパスや横パスばかりでは展望は拓けていかない、という意味合いなのですが、今回のW杯において柴崎選手が見せたフィールド全体を突き抜けるような見事な縦パスは、セネガル戦でもベルギー戦でも、忘れがたい貴重なゴールにつながりました。学生相談における面接での「丁寧なコミュニケーション」でももちろん「未来へのパス」を志向しているのですが、ひとまずは危機的な状況からの脱却を目指すために安全志向の横パスとなることが多いだけに(心情的には数ミリでも前方へ)、いざという時には勝負を決める大胆な縦パスを出せる我々でありたいものだと思います。それは面接の新たな展開に向かってという場合もあるでしょうし、時には提言や組織づくりのために必要になるというものかもしれません。学生相談・学生支援に従事する私たちは、それを可能にするための技能と知見と対応の「インテンシティ」をしっかりと我が身の中に固めていくことを肝に銘じたいと思います。

さあ、ご一緒に。細やかに、力強く。

この1年も、ともに学び合い、ともに施策を練り、ともに研究を進めてまいりましょう。

(平成30年9月1日:W杯の全64試合を順次見直しながら。)

(*註1)本学会として継続してきました「学生相談仲間による『東日本大震災等復興』相互支援」の実績をもとに、近年の様々な災害のために支援が必要となっている各地の会員の皆さまに輪を広げていくことと致しました。なにかニーズが生じた際には、遠慮なくお声かけ頂ければと思います。詳しくは『学生相談ニュース』vol.119,pp.16-17 をご覧ください。

(*註2)直前の監督交代の是非については多数の論評が著されているが、辛口のスポーツ評論で知られる金子達仁氏が「週刊朝日」に集中連載されていた記事を大会終了後の出版物『AERA別冊 ——ロシアW杯 サムライブルーの軌跡』(2018年7月)で読み、本稿とかなり近い観点から論じておられたことを知って、大いに意を強くしている。

(*註3)ベンゲル氏の功績については、名古屋グランパスにおけるわずか1年半の監督時代に最下位チームを一気に優勝候補に立て直した手腕とその後のイングランドでの活躍が(当時選手であった)中西哲生氏の著作やインタビューにてしばしば紹介されている。最近では「ヴェンゲル・ノート2018 ー愛弟子が明かす“最高監督”の「戦術」と「哲学」——」(文:北条一郎 / 『サッカー批評』vol.88, 36-41(2018))など。

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