学生相談:「こころ」を守る「ちから」を持とう

〜各キャンパスで展開する「代書屋物語」〜

日本学生相談学会理事長 齋藤 憲司

 2017年も半ば近く、各地で雨の季節を迎えようとしています。植物を育て、夏の大地を潤し、人々が干上がらないために、ほどよく降水してくれることを願いながら、カバンに傘を潜ませて日常を過ごしています。

さて、緑まぶしい五月晴れの中部大学キャンパスで、大いに学び、励まされた第35回大会、私たちは何を持ち帰って今年後半を生き抜いていくでしょうか。アメニティの行き届いた学生相談室、尾張の丘から眺めた夕陽、交流を彩るJAZZの調べ、サプライズのフォークダンス、そして何より開催にご尽力下さった皆さまの温かいおもてなしに、誰もが明日への活力を得ることができたのではと思います。そして懇親会での学長先生のちから強いお言葉に、学生相談•学生支援の充実は全学が一体となっての信頼関係の元で進んでいくことを感じます。

今期の本学会は「高めよう!学生相談力×学生支援力」という標語のもと、ひとりひとりが揺るぎない実力を身につけていく方略を具現化していくことを目指しています。きびしい時代だからこそ、“花が咲かないときは、根をのばせ”(Jリーグで新たな挑戦を続ける中村俊輔選手の発言から,2017)、目先のことにとらわれずに、どのような状況においてもカウンセラーとして・学生支援スタッフとして機能しうる底力を身につけていきたいと思います。それは、自分なりの学生相談の「型」を創出していくことであり、揺るがない「メンタリィティ」を確立することでもあるだろうと思います。

いまさらですが、学生相談・学生支援の核心とは何でしょうか。それは目前の学生のために最善の関わりを提供すること、いわば学生の「こころ」を守り育てることにあることは不変かつ普遍だろうと思います。これこそが全ての活動の中心であり、これがあってこその学生相談の存在意義とさえ言っても良いでしょう。そのために私たちは日々「面接•対応力」を磨きあげることに全力を尽くします。的確な「アセスメント力」、ネットワークで支える「連携•協働力」、施策•組織に貢献する「コミュニティ力」といった諸機能は、結局は「面接•対応力」に還元•集約されるために必要となるのだと思います。そして相談業務と運営業務に追われて後回しになりがちな「研究力」についても、「来談学生が自分の経験をすくい上げる作業を行っているのだから、カウンセラーも同じ作業をすべき」(鶴田,2017)という言葉に象徴されるように、毎回の面接の中でどのような言葉を返すことが最善なのかを熟考する営みは、そのまま研究そのものにつながっていると言えるでしょう。

「こころを守る」、そのために必要な資質と備え、そしてエネルギーの大きさを、最近話題となったドラマ『ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜』(NHK,2017)から考えていました。多部未華子さん演じるポッポちゃんこと鳩子さんは、先代と呼ぶ亡き祖母の後を継いで、自分ではどうしても文章にできない依頼者のために手紙を代わりに書く営みを生業にしています。 “手紙は自分で書かなきゃダメでしょう‥”と私も最初は思ったものでした。しかし、ドラマの展開に連れて、あたかも依頼者が自分で書いたかのごとくの、いやおそらくは自分で書けたとして、その場合の最良の内容と表現がポッポちゃんの中から紡ぎ出されていきます。依頼者は“こんな風に書きたかったんだ‥”あの時の自分がここにいる‥” とこころを震わせ、改めて自分の経験といまここでの思いに直面することになります。

学生相談•学生支援に従事する私たちも、似たような台詞を耳にすることがあったように思います。“自分で問題を解決できないなんて、情けない‥”“もう大人なんだから、ひとに頼っていないで!”等々の影の声に、学生たちは来談をためらいます。でも「相談・質問は自律的な行為」(オリエンテーションでいつも使うフレーズです)、ひとりで抱え込まずに適切に他者を頼れることこそが、大人であることの証であり、その勇気が次のステージを準備することになります。意を決しての来談から展開される個別面接は、当初は足場固めのような状況確認の対話から始まることが多いでしょうが、次第にお互いの「認知」と「感情」をフル稼動させたものとなり、やがてカウンセラーの応答に対して「そう、まさにそんな風に感じていたんです」といった思いを抱くことになり、いつしか “この言葉はどちらから発せられたのかすら判然としない” 境地に達していきます。時にそれは、ポッポちゃんの綴る「代書」に重なってくるような気がします。また、ご家族や教職員に来談学生の思いを伝える時には(もちろん本人の依頼もしくは了解を得て)、まさに「代書屋」となって学生の代わりに語れるよう、吟味と推敲を繰り返すことになります。言うまでもなくその作業は、状況全体への中立性と専門家としての判断を加味した上でなされるものですが、極めて多大な心的エネルギーを使う作業になります。

最終回で、ポッポちゃんが、自分の育ちと先代との関係に圧倒されてすっかり「代書」の仕事が手につかない状態に陥ります。私たちも自身に余裕がなかったり、あるいは職場状況が揺らいでいたりすると、「面接」や「個別対応」に全精力を傾けられない時があるかもしれません。もちろん、プロフェッショナルとして、たとえどのような過酷な状況になっても、面接場面を守り通すことは責務なのですが、可能な限り、体制と組織、そしてコミュニティの支えを得ての「こころの仕事」であって欲しいと願います。逆に言えば、その必要性を発信していくことも、私たちの共通の課題ということにもなるでしょう。

援助職の特性を示す用語として「感情労働」という言葉が使われることがあります(中釜•高田•齋藤,2008)。日々、感情を繊細に、時に多量に使わざるをえない仕事ですから、それを保証するための自己の「ちから」と環境の「支え」を併せ持つことが求められるでしょう。ある時期、私は「小説」の類や「ドラマ」「映画」がほとんど見られなくなっていた頃がありました。それは来談学生の描く物語が十分にドラマティックでフィクションを超えているからという側面もあったかもしれませんが、同時に毎日の面接にそれだけ自分の「こころ」を使うために、感情を扱う作品群にまわす心的エネルギーが残っていなかったという事態でもあったのだと思います。学生の「こころ」を受けとめるために、私たちは柔らかい「こころ」を保持していることが必須であり、同時に学生の「こころ」を守るために、私たちは強くてしなやかな「こころ」もまた持ち合わせていなくてはならないのだろうと思います。「研修」や「研究」は、間違いなくそのような総合力のある「こころ」の有り様を支えてくれるでしょう。

学生とともに「いま」を生き、「明日」を見渡す、その大きな流れと連働しつつ、来年度の第36回大会に向けた準備委員会がすでに発動しています。次期大会をお引き受け下さった関東学院大学の皆さまに深く敬意と感謝を表しつつ、1年間の活動の中で、私たちも1つ1つの相談対応に込められた「こころ」の機微と躍動を書き綴っていきましょう。そして横浜・金沢八景の地でお互いをねぎらい合えればと思います。

その「こころの旅路」を支えるマイルストーンとして、今年は12月と少し遅めに開催される第55回全国学生相談研修会、そして各種セミナーをぜひご活用いただければと思います。理事長によるフラッグツアーも今年後半から本格化させて、全国各地で皆さんと交流・意見交換を進めていきたいと思っています。

ともに「学生相談×学生支援」の旗を高く掲げ、振りかざしていきましょう。

時に「こころ」の中で、静かに。時に「対話」の中で、和やかに。時に「集団」の中で、明確に。

              (平成29(2017)年6月11日:第35回大会からの3週間を噛みしめながら)

文献・資料

荒井修子(脚本)/黛りんたろう•榎戸崇泰•西村武五郎(演出) 2017 「ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜」.日本放送協会(NHKドラマ10:全8話).

中釜洋子•高田 治•齋藤憲司 2008 「心理援助のネットワークづくりー〈関係系〉の心理臨床ー」.東京大学出版会.

中村俊輔(インタビュー)•二宮寿朗 2017 「中村俊輔のサッカー覚書。〜連載15:新天地での学び。〜」.「Sports Graphic Number」928, 70-73,所収,文藝春秋.

小川 糸 2016 「ツバキ文具店」.幻冬舎.

鶴田和美 2017 「私の学生相談」.学生相談研究,37(3), 219-229.

 

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