学生相談のJapan Way(理事長メッセージ)

「学生相談のJapan Way」
〜高めよう!学生相談力×学生支援力:第10期の出立に寄せて〜

日本学生相談学会理事長 齋藤 憲司

2016年初夏、青春をイメージさせる吉祥寺と若者文化の発信地である秋葉原で開催された第34回大会を経て、本学会の新しい体制がスタートいたしました。再度の理事長に選定されてしまった戸惑いを越えて、第10期役員選挙によって選出された常任理事および理事の皆さんとともに、学生と大学等を支える学生相談の充実に向けて微力を尽くしていく所存ですので、どうぞよろしくご支援のほどお願いいたします。

さて、前期(第9期)では「喫緊の諸課題に関する実践的ガイドライン」の作成に取り組んできた訳ですが、今期はより総合的な使命として「高めよう!学生相談力×学生支援力」という命題を掲げています。学生相談に従事する心理カウンセラーは、あるいは本学会に参画して下さって学生支援に力点を置く教職員は、おそらくは決して人員的•予算的•組織的に恵まれているとは言えない状況の中でご奮闘なさっていることと存じます。それゆえに、その方々の立場と活動を相互に支えていかなくてはと思いますが、同時に各大学等で基盤を固めていくために必要なのは、学生相談×学生支援に従事する方々おひとりおひとりの「個のちから」を高めていくことなのではないかと感じています。この課題意識をもとに、今期3年間の任期を通じて、9つの委員会それぞれから多彩な提起がなされていきますが、まずは出立にあたって「学生相談のJapan Way」という観点から理事長メッセージをお届けしたいと思います(*註1)。

今回のタイトル「Japan Way」は、容易に推測がつくかと存じますが、昨年度のラグビーW杯における日本代表の見事な活躍に喚起されてのものです。“さすがにサッカーネタが尽きたか‥”とお思いの方も多いかもしれませんね。サッカーフリークとしては、オシム(元)代表監督が唱えた「日本サッカーの日本化」が氏の急病のために道半ばで霧散してしまい、ラグビーに先を越されたかたちになっていることがなんとも口惜しい感じなのですが、それでもエディ•ジャパンの快進撃には拍手を送らざるをえませんでした。サッカーよりもはるかにフィジカル的にハンディが大きいと思われたラグビーにおいて、なにゆえ日本代表チームがあれほどの成果を上げることができたのかは、組織論的にもたいへん興味深いことと思います。

よく知られているように、我が国の学生相談は、戦後に導入されたSPS(Student Personnel Service)に端を発しており、その後もアメリカやイギリスの学生相談に学びつつ、発展を遂げてきました。しかしながら、いまだ組織や人員の充実においてはその距離を埋めることができず、“アメリカでは1,000〜1,500人の学生に1名/イギリスでは3,000名の学生に1名の専任カウンセラー配置”という数値には遠く及ばない状況が何十年も続いています(*註2)。我が国では「苫米地レポート」(日本学生支援機構,2007)の提言内容を踏まえて、本学会から「学生相談機関ガイドライン」(2010)を提示し、目標として“中規模校や大規模校の場合、3,000人に1名以上/小規模校の場合、1,500人あたり1人以上”と打ち出していますが、この数値を達成している大学はまだ決して多いとは言えない状況かと思います。また、人数的には配置が行き届いているように見えて、その実質は非常勤の立場で不安定感を感じながら尽力を続けている多くのカウンセラーのご貢献で、かろうじて学生たちの危機的状況に対応し続けている大学等もまだ少なくはないようです(岩田他,2016)。

さて、このような各国の相違を念頭に置きつつ、心理学ワールド全体としては「ICP2016(第31回国際心理学会議:横浜)」の開催が7月下旬に予定されており、日本学生相談学会からもセッションを企画しております。イギリスにおいて学生相談の実践とマネジメントに従事しておられるおふたりの先生をお迎えし、本学会からはアメリカや中国など諸外国の学生相談をよく知る会員の方々とのコラボで、我が国の学生相談のこれからを見渡そうと試みます(*註3)。欧米の恵まれた組織•人員•予算を1つの目標にしつつも、私たちは現状を踏まえた「学生相談のJapan Way」を確立していく必要があるでしょう。そしていつかは、我が国から各国へ発信できる独自のあり方を作り出していきたいと願います(齋藤,2010)。あるいはひょっとしたら、すでに私たちは欧米に、あるいは近隣のアジア諸国に、参考として打ち出せる学生相談のモデルとシステムとスタイルを持ち得ているのではないかと思うこともあります。
少々個別のエピソードで恐縮ですが、私:齋藤に対しては、理事長職を務めるにしてはドメスティックな印象が強いかと思いますし、そもそも移動はなるべく鉄道を使う傾向にあるため少し意外に思われるかと存じますが、実はかつてイギリスおよびアメリカ(ハワイ州)に一度ずつ学生支援•学生相談の視察出張に出かけたことがあります。それぞれ、4泊6日、2泊4日という弾丸ツアーだったところがあまりに日本的/齋藤的な気がしますが、それでも百聞は一見に如かずという今さらながらの格言を思い知らされるできごとでした。

たとえばイギリスのある大学では、廊下に沿って何部屋も続く面接室と居並ぶカウンセリングスタッフに圧倒され、ハワイの大学では面接室から眺めるダイアモンドヘッドとゆったりとした雰囲気に自分の余裕のなさを思い知らされたものでした。印象的なエピソードをご紹介すると、イギリスのカウンセラーの方からは「私は一週間に18ケースほど担当し、他の時間は新規相談に即応できるようにしています」という趣旨のご説明を受けた際に、思わず「ボクは1日でそのくらいの件数をこなすことがありますよ‥」とつぶやいてしまい、相手の方は“信じられない!”といった表情を浮かべられて、それ以上会話が続かなくなってしまったことがありました。おそらくイギリスの学生相談からすれば、私の行なっていたことは“それは心理療法ではないでしょう‥”と思われたのだろうと推測しています。当時の私の職場の状況から/そして学生のニーズに可能なかぎり応えたいという志向性から、そのような事態になっていたのですが、当時はこの相違を越えた議論を展開するだけの余裕もなく、なにか割り切れない想いを抱いたまま、それ以降の英会話には(能力的にも)ついていけずに立ち尽くしていたことを思い出します(齋藤他,2005)。
かなり共通する出来事だったのかなと思い出すのは、ハワイの大学にてカウンセラーの先生に対して、拙い英語で一生懸命に自分の置かれている状況と相談件数、そして仕事のレパートリーを説明したところ、苦笑いなさりながら「アナタは、No!というコトバを覚えなさい」と諭すようにひと言おっしゃったのでした。「はい、返すコトバもありません‥」と小さくなりながら、“でもことわっていたら、学生相談の現場を守れないのではないかなあ‥”という想いも生じていたように感じます。(そもそもNo!と言える私ならば、再度の理事長を引き受けたりはしていないですよね。)

さて、それでは私たちは「学生相談のJapan Way」をどのように描いていけばよいでしょうか。スポーツ報道でしばしば触れられていることですが、エディ•ジャパンの練習は、その質も量も半端ではなかったようです。1日に4部の練習、早朝から深夜まで、屈強の代表選手たちがもう逃げ出したくなるくらいの厳しさだったとのことですが、しかしその必要性を誰もが理解していたからこそ立ち向かい、大舞台でも飽くことなくタックルとランを続け、ピンチの際にもチャンスの時にも集散を繰り返すことができたのでしょう。そして試合終盤になっても冷静かつ強気の判断を自分たちでくだすことができるほどの揺るぎない自信につながっていたのだと思います。実際に果敢なパス回しの末に見事な勝ち越しトライを遂行することができたあの瞬間に、チームは外国人指導者の教えを超えて、自分たちで「Japan Way」を切り開いていったと言ってよいのではないかと感じています。

組織的、人員的には欧米に比べるべくもない我が国の学生相談ですが、日々飽くことなく面接を続け、学生たちのために集散を繰り返す私たちの実践の深まりと広がりは、きっと独自の特性と利点と意義を有するものになっているのではと思います。いくぶんかのハードワークは求められるかもしれませんが、そこは学生相談ワールドで積み上げてきた数々の共同財産と、お互いを支え合うチームワークで、自信をもって学内にも、全国にも、各国にも、発信していけるあり方を示していければと思います(齋藤,2015)。もちろん、そうは言っても、各大学において学生相談•学生支援に従事するスタッフはまだまだ多いとは言えないでしょう。場合によっては孤軍奮闘せざるをえない状況が続いているかもしれません。それゆえ、今期は会員相互に、一人一人の「個のちから」を伸ばし合っていく試みを重奏的に繰り広げていきたいと思います。なにより、もっとも身近で大切な連携•恊働のパートナーである「学生相談×学生支援」の相互作用を通じて、お互いを尊重しつつ成長していければと願っています(その理念形は、本学会の2つの資格制度「大学カウンセラー」×「学生支援士」の発展と連働で体現されていきます)。本学会は、この大きな潮流を通じて、我が国の高等教育における学生の学びと育ちをサポートする重要な一翼を担っていきます。

さあ、ごいっしょに「学生相談のJapan Way」を切り拓いていきましょう。
(平成28(2016)年6月初旬:第10期執行部発足から2週間めの日に)

(*註1)なお、今期の方針と活動について理事長の所信表明というかたちで記させて頂いた記事は、『学生相談ニュース』次号に掲載予定です。本学会ならびに学生相談ワールドの現状と課題についても触れておりますので、ぜひご一読頂ければと思います。
(*註2)アメリカ合衆国ではIACS (International Association of Counseling Services ) による『Standards for University and College Counseling Services』が定められ、イギリスでは英国学生相談学会が『AUCC (Association for University and College Counseling) Guideline for University and College Counseling Services』』を提示している。
(*註3)まもなく広報が始まりますが「ICP2016(7/25〜29)」における本学会からの企画は7月25日(月)ならびに28日(木)に、そして関連企画が7月23日(土/和洋女子大学)、30日(土/愛知県学生相談ケース検討会)に開催されます。ご尽力くださったプログラム委員の方々およびご高配くださった和洋女子大学ならびに中京地区の関係者のみなさまにこの場を借りてお礼申し上げます。

<文献>
(独)日本学生支援機構 2007 大学における学生相談体制の充実方策についてー「総合的な学生支援」と「専
門的な学生相談」の「連携・協働」ー.(通称:苫米地レポート)
岩田淳子・奥野 光・佐藤 純・林 潤一郎 2016 2015年度学生相談機関に関する調査報告.学生相談研究, 36(3), (印刷中)
日本学生相談学会 2013 学生相談機関ガイドライン.
齋藤憲司 2010 学生相談の理念と歴史.日本学生相談学会50周年記念誌編集委員会(編) 学生相談ハンドブ
ック, 10-29(所収)
齋藤憲司 2015 学生相談と連携•恊働—教育コミュニティにおける連働—.学苑社
齋藤憲司・野原佳代子・熊谷英男 2005 イギリスの大学における学生支援体制と我が国への示唆ー2つの大
学における訪問調査からー.東京工業大学保健管理センター年報, 32, 122-133.
田中健夫(訳) 2005 英国学生相談学会による大学とカレッジのカウンセリング・サービスに対するガ
イドライン―AUCC 大学機関への助言サービス 2004―. 学生相談研究, 25, 237-258.

Comments are closed.