学生相談の「型」をつくるために(理事長メッセージ)

学生相談の「型」をつくるために
〜「個」と「組織」の「連働」から〜
日本学生相談学会理事長:齋藤 憲司

広島の晴れ渡った空を見上げながら、学生たちのために日々ご尽力なさっている皆さまと過ごした第33回大会も盛況裏に終わり、3日間の成果を各地で活かしておられる頃かと存じます。開催にあたって最大限のご配慮を頂いた広島修道大学ならびに広島地区の関係者の皆さまに深く感謝の意を表しつつ、今期の役員一同、任期の最終年度を良いかたちで締めくくるために、学生相談をめぐる動向を見渡しながら諸活動を展開してまいります。キャンパスの碑に刻まれた「今日までそして明日から」(吉田拓郎氏)の想い、しっかりと確認いたしました。
(なお、今大会の主テーマを反映したシンポジウム「高等教育における学生相談•支援の位置づけーこれまで、ここからー」は、現在の大学等と学生をめぐる諸状況を照射した内容ゆえ、まもなく発刊される「学生相談ニュース」第110号に「誌上コメント」を記しました。ぜひご参照ください。)

今期の課題として「喫緊の諸課題に対するガイドライン」づくりを据え、初年度に「学生の自殺防止のためのガイドライン」、昨年度に「発達障害学生の理解と対応について—学生相談からの提言—」を作成し、全国の大学等ならびに会員の方々に頒布させていただきました。幸いにも非常に高い評価を頂いている様子で、直接にお礼やコメントを届けてくださるのみならず、学会事務局にもさらなる部数の購入を要望されるご連絡が引きも切らずの状況となっています(本Webからのダウンロードではなく、やはり整った上質紙による冊子の魅力も大きいのだなとアナログ的理事長としては我が意を得たりの感触でおります)。そんな中、頂いた感想のなかに“(最近の学会運営から)学生相談の骨組みやあるべき姿がより明確に浮かび上がってくるようになってきた”という趣旨のコメントがあって、とても有り難く感じています。特別委員会による集中的な企画•原案作成をもとに、常任理事会では3〜4時間の議案対応の前後に1〜2時間のガイドライン検討を行い、日常的にも山のような加筆修正メールが行き交っての完成校でしたから、がんばってきて良かった‥という思いでいます。
最終年度はこの2つのガイドラインをさらに援用しつつ、各委員会活動のいっそうの充実を図るとともに、「学生相談機関に関する調査」の実施•集計、「会員名簿」づくりや「役員選挙」の準備といった3年に1度の必須業務を着実に進めながら、「学生相談1DAYセミナー」の開催、「ICP(国際心理学会議)2016」への参加準備等、新たなアクションに向けて各方面のちからを結集していくことになります。

このように常任理事会ならびに理事会のみなさんとともに疾走してきた感のあるこの2年間ですが、もちろん日々の相談活動をおろそかにすることがあってはなりません。思えば前々回の理事長メッセージではサッカーW杯の衝撃的な結果をもとにした2年目の抱負を記したのでしたが、当時は自身の論文作成が佳境にさしかかっていたこともあって、必ずしも全試合を視聴できていた訳ではありませんでした。いまいくぶんか時間が取れるようになってきたので、録画してあった試合を開幕戦から順に見直して、あの大会でなにが起きていたのかを検討しつつ、自分のなかのバランスを取り戻そうとしています。ちょうど現在開催中の女子W杯では、なでしこジャパンが順調に勝ち上がり、「自分たちのサッカーができるようになっているから」という選手たちのインタヴューを耳にするにつれ、なぜブラジルでは同じせりふが聴けないままに嵐のように大会が過ぎ去っていったのだろうかと考えます。1つの試合自体に、あるいはチームごとに•選手それぞれに、オリジナルな物語がありますが、大会全体を通じてのストーリーにもブラジル開催ならではの大きな潮流が生じていたことが見えてくるような気がします。試合前の国歌演奏でスタンドと選手が一体となって涙を流しながら延々と唄い続ける様子に、そして強豪同士では通常ありえないほどの大差がつく試合結果の連続に、さまざまな激情が飛び交うスタンドと開催都市に‥、そんな大きなうねりの中で、緻密な組織サッカーを旨とする日本代表は我を見失っていたようにも思います。戦術的にはスペインを中心とする圧倒的なボールポゼッションから相手陣内へ浸透していくサッカーへの対抗として、オランダに代表されるように守りを固めきったディフェンスから高速カウンターを一気に繰り出すサッカーへと主流が移行していった大会であり、その流れに乗り損ねた、あるいは別の戦術対策(いわゆるプランB)を持たないチームが本来のちからを出せないままに敗れ去っていったのだろうとひとまずは総括できるかと思います。

さて、高等教育をめぐる状況が大きく変わっていく中で、適応•成長に苦労する学生たちと教育•支援に戸惑う教職員のみなさんのために、学生相談はどのような貢献ができるでしょうか。活動の中核となる「個別カウンセリング」は「実践」の集積からもたらされた「知見」と「スキル」に基づくものであり、それは「学術」的な確かさを持つからこそ、日本学生相談学会の存在意義と着実な発展がある訳ですが、一方で(学生/カウンセラー/キャンパスの)「個別性」に依拠するところが大きいために、どこかで「アート」のような、すなわち伝承が不可能な部分が残るかのごとく認識される側面があるのではと思います。もちろん、それだからこその深みであり、やり甲斐でもあるのですが、今後の学生相談の発展のためには、できるだけ「型」のようなものを提示していくことも必要なのではないだろうかという想いを強くしています。さらには、いっそう一般化•定式化することが難しい「連携•恊働」においても同様のことができないだろうかと思案しています。言わば、臨機応変さと揺るがない安定感を両立するあり方を、学生相談の現場から/日本学生相談学会での交流から、発信していけないだろうかという問いかけです。「ガイドライン」づくりは、言うまでもなく課題ごとに「型」を提示する試みなのですが、これをいかに活用していくかは個々の教職員に、あるいは個々の大学等に委ねられます。そこからどのように実践の融合が進んでいくかを見つめていくことが重要になるでしょう。
理事長の立場と同時に、実践的研究者としては、これら全体を結びながらのモデルを構築しようと試みて、個別相談と連携•恊働の「連働」という概念の創出•発展を期しているのですが(齋藤,2015)、つい最近、サッカーの世界でも共通する志向に関する記事に出会って、とても興味深く思っています。日本の監督として最大の結果をもたらしたと言って良い岡田武史氏は、現在、四国の小さなチーム「今治FC」のオーナーとなって「サッカーの型をつくる」という新たな挑戦に踏み出しておられます(岡田,2015)。“サッカーは自由な発想に基づくもので型にはめてもうまくいくもんじゃない”という固定観念に対して、岡田氏は「プレーモデル」があってはじめて、そのための「メソッド」を考えることができ、また達成度に対する「チェック」も可能になる、その際には“インパクトのある分かりやすい言葉”が大切になる‥。そして「型」を守り、いずれそれを破って離れていくことが重要なのだと問いかけています。カウンセリングにおける「型」修得の意義と是非については以前から論じてきたことでもあるのですが(中釜•高田•齋藤,2008)、ひいき目でなく岡田氏の慧眼には敬意を感じました。また、地方の小クラブだからこそできること、という趣旨のことも言っておられ、それは大学教育における学生相談、あるいは心理臨床における学生相談だからこそできることがあるだろうという私たちの想いを後押ししてくれているようにも思いました。もちろん、安直な定則化や簡便なマニュアルでは学生相談の事例性に対応できないでしょうし、同様にサッカーでは対戦相手に容易に対応されてしまうでしょう。揺るぎない「型」の確立を進めつつ、それでいて柔軟なプランXの創出ができる学生相談であるために、私たちの実践と研究の道程はまだまだ続いていきます。

学生たちの学びと育ちを支えるために、学生ひとりひとりを見つめ、尊重し、理解して、受けとめていくという学生相談的な理念と姿勢の重要性を提示しながら、同時に、今日的な社会情勢の動向や高等教育機関をめぐる環境を見渡しつつ、3年目の任期を全うしていきたいと存じます。どうぞよろしくご支援•ご協力のほど、お願い申しあげます。
=2015年(平成27年)6月30日:上半期を締めくくる日に=

<文献>
中釜洋子•高田治•齋藤憲司 2008 心理援助のネットワークづくりー〈関係系〉の心理臨床—.東京大学出版会
岡田武史(インタヴュー) 2015 日本の型を作る冒険—岡田メソッドの全貌が初めて明かされるー. サッカー批評、74 , 6-13(所収), 双葉社
齋藤憲司 2015 学生相談と連携•恊働—教育コミュニティにおける連働—.学苑社

《 理事長動向(2015年(平成27年)1月〜6月)》
〜本学会の行事や会議に加えて、全国的な行事•企画等に本学会での公的な立場を表明して関わったものも記します(今回は一部、個別的なアクションも含ませて頂きました)。
1月5日:御用始め:本Webの理事長メッセージ:「学生相談、2015年の新しい海へ—日々刻む、今日までそして明日から—」を執筆。
1月6日:(私事でたいへん恐縮なのですが、学位論文審査会に臨み、受験生となりつつ有意義なディスカッションを体験する。)
1月9日:日本学生相談学会第33回大会の研究発表申込〆切、今年も大慌てで論文集原稿に着手
1月28日〜30日:第48回全国学生相談研究会議(鳥羽シンポジウム)に参加、シンポジストとして「連働」概念について発表。また、学生相談ワールドの今後に向けて意見交換。
2月5日:第52回全国学生相談研修会反省会:今回もたいへん高い評価を頂いたことに深く感謝と安堵を抱きつつ、次回に想いを馳せる。
2月21日:奨励賞選考委員会:実践活動では受賞者を見出せずも、近年の研究奨励賞は充実の方向。
ガイドライン検討委員会:発達障害学生への支援と理解のために有効な枠組を模索。
第7回常任理事会:そろそろ年度内の業務を見渡し、まとめの作業に入っていくことに。
2月22日:大学カウンセラー資格の面接試験および資格認定委員会:学生支援士資格ともども、その意義と発展性についても意見交換。
2月27日〜28日:第40回学生相談セミナー「大学における自殺防止の取り組み」に100名を越える参加者があったとのこと。ところが自身の論文執筆等で参加申込が遅れて不参加‥。
⇨ (参考)このテーマに関連して(前回書き忘れ)、昨年7月29日に東京都ゲートキーパー養成研修にて「若年層への支援ー学生相談の経験からー」と題して講演、その際に『学生の自殺防止のためのガイドライン』をテキストに、その使いやすさを再確認。
3月14日:ガイドライン検討委員会:発達障害に係る学生相談からの提言の必要性を再確認も5月の総会前に完成•送付できるか踏ん張りどころに。
第8回常任理事会:各委員会および事務局ともおおよそ年度計画を遂行し終わる見込みを相互確認。(この前後に「学生相談機関に関する調査」の決定稿に向けてメール乱舞)
3月18日:(またも私事で申し訳ありませんが、学位期授与式に臨み、ご指導くださった名古屋大学の先生方への感謝の想いを新たにする。学生相談の実践に基づく博士論文をまとめられたことは感慨深く。)
3月27日:第53回全国学生相談研修会の第1回準備委員会:ほぼ一貫した委員会構成と方針の共有から、すみやかに方向性とプログラムの概略が見出される。
3月28日〜29日:会計委員会および事務局による平成26年度決算の確認と平成27年度予算案に関する検討。単年度赤字にならなそうな状況に安心しつつも、平成28年度からの会費値上げは当初の予定通りやむなしと判断する。
4月7日:第53回全国学生相談研修会 第2回準備委員会:分科会の内容と講師(案)がほぼまとまる。
4月11日:ガイドライン検討委員会:まだ修正の余地は残っているが、完成のメドが見えてきたことに安心する。特別委員会の奮闘に深く感謝の思い。
第1回常任理事会:5月の理事会および総会に向けて、平成26年度活動報告•決算と平成27年度活動計画•予算(案)を完成させる。2年目もほんとうによく働きました‥。
4月17日:第53回全国学生相談研修会 第3回準備委員会:分科会講師の調整を行なった後に、小講義のテーマと講師(案)を一気にまとめる(以後、メールにて受諾状況を相互確認)。
4月19日:会計監査を事務局にて。平成26年度も滞りなく会務を執行し、相違なく会計を遂行してきたことを監査の先生方にご確認いただき、改めてしみじみとする。
4月中旬〜23日:「発達障害学生の理解と対応について—学生相談からの提言—」の完成に向けて、これでもかというほどのメール交換。内容にも文章にも図表にも妥協なく、ぎりぎりまで奮闘してくれた特別委員会と常任理事会メンバーに拍手(こまかい理事長で恐縮‥)。
5月16日〜18日:日本学生相談学会第33回大会(広島修道大学)〜雨あがりの緑がまぶしく〜
(1日目)ワークショップではグローバル化の中での留学生支援の課題について意見交換。
(2日目)理事会にてすみやかに議案が承認され、一致して総会へ向かっていくことに。
研究発表ではチーム•カウンセリングについての実践的検討を提示して意見交換。
資格委員会によるトークインでは学生支援士3名の方々の素晴らしい報告に感動、大学カウンセラーも今後に向けて有意義な意見交換(懇親会で盛んな飲食と交流)
(3日目)総会が朝一番で会員の皆さんの出足を心配したが杞憂に、順調に議案を可決へ。
学会賞講演と大会シンポジウムが連動した内容は、大いに示唆に富むものであった。
5月26日:第53回全国学生相談研修会の要項原稿〆切。急ぎ鏡文と理事長挨拶をまとめる。
6月13日:第2回常任理事会:総会の成果をもとに、各委員会とも3年目の作業にとりかかるための見取り図を提示し合う。(夕刻に学位取得と出版を祝う会を開いてくださり、恐縮しつつ、学生相談仲間の結びつきを思う。)
6月24日:ICP2016プログラム委員会:国際的な視点から話題提供と交流が可能と期待される登壇者•協力者候補が次々と見つかり、有意義なひとときとなる。
(なお、ICP2016は来年7月24日〜29日に横浜にて開催され、日本学生相談学会からはシンポジウムと講演が1つずつ組まれる予定。ぜひ積極的なご参加を。)
〜なお、各委員会と本学会をめぐる報告および審議事項は「学生相談研究」に議事要録が掲載されていますので、ご参照ください。また主要行事や重要な連絡事項は「学生相談ニュース」にてご確認をお願いいたします。理事長が直接には関わらないかたちでも実に多くの業務が進められています。〜

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